短編
□Dearest
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3月9日。式を終え、最後の挨拶を交わすクラスメイトたちよりも一足先に駅に向かうと、いつものように江梨子が改札の前で待っていた。
手には私と色違いの赤いチューリップが一輪。
「あーピンクいいなー」
「赤だって綺麗よ」
「そう言うなら交換してよ」
「それは駄目。クラスで色が決まってるのに取りかえたら裏切り者になるわ」
「誰もそんなこと思わないってー」
平日の午前11時半。こんな中途半端な時間に駅にいるのは私たちだけだった。
「下級生の皆さんはー?」
「体育館の片付けとか掃除とか先輩への挨拶とかいろいろあるんでしょ」
「沙雪はクラスで食事会しようよーとか誘われなかったの?」
「誘われたけど、めんどくさいから断ってきた」
「うわぁー空気読めない女。最後なんだから付き合ってあげなよー」
江梨子の呆れたような言い方にちょっとだけムッとして言い返す。
「最後はあなただって一緒でしょ?」
「あたしはいいのー。2日後の卒業旅行で会おうねーって言ってきたから」
「そうじゃなくて、こうやって二人で帰るのも今日が最後でしょ。だからさっさと出てきたんじゃない」
江梨子はいつも私より先に来てるから、待たせたら悪いかなと思ったから。
「沙雪、あたしに気つかってくれたのー?」
江梨子は面食らったみたいに、まじまじと私の顔を見てきた。
「何よ」
「沙雪の口からそんな言葉が出るなんて思わなかったからびっくりしてるの」
「今日は卒業式よ。こんな日は私だってセンチメンタルな気分になるのよ」
「えーやだー。何か気持ち悪いー」
「失礼ね。ほっといてちょうだい」
「まぁいいかー。じゃあ、あたしもセンチメンタルな気分に浸ってみよ」
そう言って江梨子は電光掲示板を指差した。
「今日は二人の思い出に浸るため、各駅停車に乗って帰ろ」