桐青★島準

□ハッピーバースディB
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「ごめん、準太」

慎吾さんのその言葉が、頭の中をグルグル回る。

なかったことにしたい。
『えーなんでですかぁ』
『ケチ』
そんな言葉でかわしたい。普段の自分ならそうできる筈なのに、上っ面の言葉さえ出てこない。

たかが、合い鍵。
されど、合い鍵。

渡されることのないそれに、ずっと不安を感じていた。
胸のなか、小さなしこりのように居座っていたそれに気付かないふりをしてきた。

だけど、もう気付かないふりなんて…できない。
…だって。

「慎吾さんにとって…」
「…え?」
「慎吾さんにとってオレは…重荷ですか?」
「お前…何言って…」
「だって!」

好きな気持ちは強くなるばかりなのに、それに比例するように不安も大きくなっていく。

男のオレを好きだって言ってくれる慎吾さん。
男である慎吾さんを好きなオレ。
将来のこととか、男と女の恋愛なら約束の一つや二つ交わしたりするんだろうけど、オレと慎吾さんの間には互いの気持ち以外に確かなものは何もなくて。
合鍵を与えられることで、慎吾さんの中に自分の『居場所』を確認できる気がして。

…小さな鍵で、その不安を埋めてしまいたかったんだ。

「…帰ります、オレ…っ」
「準太!」
「…っもう、いいんです!」


ベッドの脇、無造作に置いていたエナメルバッグを引っつかむと、逃げるように慎吾さんに背を向けた。
事実、もう逃げ出してしまいたかった。
視界が滲む。嫌だここで泣きたくない。
そう思うのに、溢れ始めた涙は頬を伝ってぼたぼたと零れる。
部屋を出ようとドアノブにかけた手を、上から痛いくらいの力で掴まれた。

「離…っ」
「聞けよ!!」

大きな慎吾さんの声に、びくりと身体がすくむ。
固まってしまったオレの頭を…慎吾さんは空いた手で自分の方へ引き寄せた。

「…前に準太が合鍵欲しいって言った時は、まだオレも大学生になったばっかで気持ちに余裕もなかったし、ケンカとかもよくしてたから、はぐらかしたけどさ…今はそういうのじゃないんだって」
「…………」
「先に言っとくけど、間違ってもお前が重荷だとか付き合い迷ってるとか、そんな理由じゃねえから」
「……じゃあ…なんで……」
「……やっぱり準太はまだ高校生だしさ、せめて高校卒業するまではきっちり線引きしとくべきだって思ってるんだ」
「……」
「オレだってもっとお前と会いたいと思うよ…だけどどこかで制限しなきゃ、自分にもお前にもマイナスになりかねないじゃん」
「……はい」
「……ただでさえ、オレお前に関しては…なかなか抑えきかないしな?」
「……え……」

そう言ってちょっと苦笑いする慎吾さんの顔は少し赤みを帯びていて、バツが悪そうに首を傾げてオレを覗き込む。

「大学生になりたての頃、本当余裕なくてさ、結構お前のこと傷付けたからさ……今、大事にしたいんだ」
「そんなの、オレだって…」

慎吾さんが大学になりたての頃、なかなか会えなくて連絡もうまく取り合えなくて、小さなことでイライラしてはケンカして…慎吾さんの大変さやしんどさを考えることができなくて我が儘を言っては困らせた。
別れることも考えたけど、やっぱり好きで、別れたくなくての繰り返しだった。

「で…さ、…この間から、ずっと考えてたんだけど」
「………なにを、ですか?」
「この部屋、1年ごとの契約更新だから3月で契約切れんだよね」
「…?」
「だから、さ…準太が大学行き始めたら、もうちょい広いとこ借りて、一緒に住まねえ?」
「…え」

思いもよらなかった言葉。
慎吾さんは至極優しい顔で笑うと鼻先が触れる距離まで顔を寄せて。

「もちろん準太が嫌じゃなければ、の話だけど」
「……嫌なわけ……嫌なわけ…ないじゃないすかぁ…っ」

さっきまでと違う涙で頬が濡れる。溢れてとまらないそれを、慎吾さんが優しく拭ってくれる。だけどとまらない。
嬉しくて。

涙でぐちゃぐちゃなオレに愛おしむように唇を重ねて、慎吾さんが笑う。

「誕生日なのに、泣かせてごめんな」

言葉も出せずぶんぶんと首を振ったオレを見て、そんなおもいっきり振らなくても、ってまた笑う。
そしてぎゅうっとオレを抱きしめた。

「…次の休み、一緒に部屋、探しにいくか」
「……はぃ」
「あ、でもこれは誕生日プレゼントとは別だからな?欲しいもの、ない」
「…慎吾さんが」
「……オレ?」
「慎吾さんが側にいてくれたら、それで…」

だって一番欲しかった居場所を与えられた。
…ううん本当は、とっくに与えられてたんだ。
オレが不安だっただけで、気づけなかっただけで。

慎吾さんに負けないくらい、慎吾さんを抱きしめる腕に力を込めた。

「…準太、誕生日おめでと」
「慎吾さん…だいすき、です」


そんなオレ達に呆れたように、外では静かに雪が降り始めていた。

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