桐青★島準
□春、かわいいひと。
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「くしゅん!」
春一番が吹き、随分暖かくなってきた頃。
ここ桐青高校野球部の部室に響くくしゃみの音、それは三年にとってはお馴染みのものであり、二年になったばかりの準太には聞き慣れないもので、思わずそのくしゃみの主を振り返った。
「あーあ、今年もきちゃったねー」
山ノ井の声は何だか楽しげだ。くしゃみの主はそんな山ノ井を見ながら更にもうひとつ、くしゅん!と盛大なくしゃみをする。
「他人事だと思って…」
「だって他人事だもーん」
恨めしそうに山ノ井を睨むと慎吾はティッシュの箱へと手を伸ばす。二、三枚引っ張りだすと、これまた盛大な音を発てて鼻をかんだ。
「え…慎吾さん、花粉症なんすか?」
「あー…、まあね…」
鼻をかんだティッシュを丸めてごみ箱へ投げる慎吾。見事にごみ箱へ吸い込まれた瞬間、みっつめのくしゃみ。
「結構酷いんすね」
「去年はそうでもなかったんだけどな…今年は何かダメだな。目も痒いし」
言われて見るとうっすら涙目にも見える。鼻も微妙に赤くなっていて、少し鼻声だ。
「部活辛いんじゃないんすか?」「まーね、でも休むわけにもいかねーし……っくし!」
着替えながらよっつめのくしゃみをする慎吾。
自分が花粉症とは無縁な為、これだけ連発すると何だか可哀相に思えてくる。
「何か薬とかないんすか?」
「眠くなっからあんま使いたくねえんだよ」
「じゃああれは?ウルトラマンみたいなゴーグル」
「去年誰かさんに散々笑われたからねー…」
「でも持ってきてんでしょー?」「……まあね」
そういって慎吾はエナメルバッグから花粉対策用のゴーグルを取り出すと、おもむろに装着した。
「………ぷ」
「こら。準太お前まで笑ってんな」
「ふ…だって、マジでウルトラマ…ふ、くくくっ…」
「…だからかけんのやなんだよ」
どこか拗ねたような顔でゴーグルを外しため息をつき、いつつめのくしゃみをする慎吾。
普段は頼りがいがあって余裕たっぷりな恋人の見慣れない姿に、準太は込み上げる笑いを抑え切れない。
(…なんか可愛い…)
付き合い始めてまだわずか。
まだまだ準太の知らない慎吾が沢山あって、これからそれを少しずつ知っていくたび、こんなふうに何だか嬉しくて、こそばゆいような気持ちになるのだろう。
好きであることを自覚しながら。
恋をしていることを感じながら。
Fin.