桐青★島準

□2月14日の憂鬱
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去年までは何ともなかった光景。

それが今年、声も出ない程ショックなのは、オレがこの人に恋をしてるからに他ならなかった。








三年生は既に家庭学習期間に入っていて、登校日にしか会うことは叶わない。

プライベートで会うことは出来ても学校ではもう会えない。わかっていながら教室で、廊下で、屋上で、慎吾さんの面影を探してしまう自分を自虐的だと思う。

半月後には、卒業してしまう。
当たり前の事実を受け入れたくなくて、目を伏せるのが癖になっていた。


2月14日。

バレンタインのその日は三年生の登校日で、校内は色めき立っていた。

仲良しの先輩に義理チョコの娘もいれば、渡すなら今日しかないと固い決意を胸に想いを告げる娘もいて、複雑な想いに駆られた。


だって、きっと。

慎吾さんの事を好きな誰かが
慎吾さんにチョコレートを渡すんだ。

オレと慎吾さんは恋人同士で、
だけどオレも慎吾さんも男で。

表立って恋人だと胸を張って言うことなんて出来なくて。
例え当たって砕け散る想いでも、堂々と胸を張って『好きです』と言える女の子達が羨ましかった。








「あれ、慎吾さんじゃね?」
「おー、告られてる告られてる」


休み時間。
教室を移動中に足をとめ立ち話をしていたチームメイトの言葉に、ばくん、と心臓が跳ねた。
指差した先、3階の渡り廊下に見える少し伸びた明るい髪、見間違う訳は無い。
軽い雰囲気ではなく、本気の想いなのだと一目でわかるその様子から目を離すことができない。

小柄な女の子に差し出されたそれを、慎吾さんはゆっくり手を伸ばして。



受け取った。



去年までは何ともなかった光景。

それが今年、声も出ない程ショックなのは、オレがこの人に恋をしてるからに他ならなかった。
義理チョコでも、本命でも、例えその想いを受け入れられなくても、貰ってくれと言われれば受け取るのが自然な流れ。
そのくらいわかってる。
オレだってそうする。
だけどいざ目の当たりにすると、どうしようもないほど苦しくて。

いたたまれなくなって目を逸らそうとしたその時。

慎吾さんと目が合った。

















「…逃げることねーじゃん」
「………だって」
「…まあ準太のそういうとこ、可愛いと思うけどね」


あの後、逃げるように踵を返したオレを慎吾さんは追いかけてきて、授業中の今、屋上に二人きり。2月半ば、今日は比較的暖かいけど風はまだ冷たかった。


「そう思うなら貰ったチョコなんか持ってこないで下さい」
「すぐ追いかけなきゃ準太泣くじゃん」
「…誰が泣くんすか」
「あれ、泣いてくんねーの?」



そりゃほっとかれたら泣きたくもなるけど。貰ったチョコを持ったままの慎吾さん見たらそれはそれで泣きたくなるわけで。


重たい気持ちにつられて自然と俯いてしまう自分が情けない。
慎吾さんがはぁ、とため息をついてオレに一歩歩み寄る。



「準太」
「はぃ……んぐ!」


返事をした瞬間、開いた口に放り込まれた固形物に喉を詰まらせ咳込んだ。じわり浮かぶ涙とそして口の中に広がる甘さ。

チョコレートだ。

顔を上げると困ったように笑う慎吾さん。その手にはさっき女の子から貰ったものとは違う一粒10円の、オレもよく食べたチョコレートの包み。


「…?」
「オレから、準太に」
「…え?」
「だって好きな人に愛を伝える日だろ?」


モノは10円だけどな。オレの愛の証?


そう言って慎吾さんが笑う。
カアッと熱を帯びていく頬、口の中に溶けていくチョコレートと一緒にじんわりと染みていく甘い気持ち。
何だよこんな不意打ち。

ずるい。
ずるい、ずるい。

そうやっていつも貴方は今よりもっとずっと貴方のこと、好きにさせるんだ。貴方のことしか見えなくさせるんだ。
もうとっくにオレには慎吾さんしかいないのに。

それでもなお、自分だけを見てろよと言わんばかりにオレをひきつけてやまない。
そして憎らしいほどに、好きなのだと自覚させられる。


「来月」
「…?」
「来月の14日、お返し待ってる」


ぐい、とオレのネクタイを引くと、掠め取るように口づけて意味ありげに笑う慎吾さん。

そして呟くように発せられた言葉。

小さな声で、でもはっきりとオレの耳に届いたその言葉に、何だか泣きたくなった。そんなオレを慎吾さんはあやすように抱きしめた。







『卒業したってオレら、終わりじゃねーんだから』










Fin.


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