桐青★島準
□ハッピーバースディA
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階段をのぼる足音に、抱えたエナメルバッグに埋めた顔をノロノロとあげる。
もうすぐそこまで来ているスニーカー。足元から見上げると、白い息を吐きながらオレを見下ろす大好きな顔がそこにあった。
両手に買い物であろうビニール袋を下げ、練習着を詰め込んだバッグを肩から下げて。
「…遅かったっすね」
「……いつから座ってたんだよ」
「………1時間前くらいから」
「はあ!?」
目を丸くし、手に持ったビニール袋を置くと、手袋を抜きオレの頬に触れる。
「っわ、冷てえ…冷えきってんじゃねーか」
「あったけー…」
それぞれの口からでた正反対の言葉に顔を見合わせる。
「どこかファミレスで時間つぶしてくりゃよかったのに」
「…そっすね」
風邪ひいたらなんにもなんねーぞ、って笑いながら、鍵を開けるために頬から離れた慎吾さんの手。その温もりを名残惜しく思いながら、じゃあ合鍵持たせてくれたらいいのに、って言葉を飲み込む。
冷えきって重い腰をあげ、開けられたドアの中へと足を踏み入れた。
タイマーをセットしてあったんだろう。
部屋はあたたかくて冷えてた端々がジンジンしながら感覚を取り戻していく。
メシできるまで座ってろ、って言われて一端は腰を下ろしたものの、落ち着かなくて包丁を握る慎吾さんを覗く。
「カレーっすか」
「おう」
「…手慣れたもんすね」
「一人暮らしももう一年だからな」
「なんか手伝いましょうか」
「今日は主賓だろ?座ってろよ」
器用に切った人参やらジャガイモやらを鍋に次々放り込み、冷蔵庫から取り出したレタスとトマトをボウルに盛っていく。
もともと手先の器用な人だ。最初はめんどくさいって言ってた自炊も今は普通以上にこなしてる気がする。
オレの知る限りこの人は出来合いの惣菜は買ってきても自分で米は炊いてるし、コンビニ弁当も殆ど買わない。
栄養管理してくれる人がいるわけじゃねえし、って前に言ってたのを思い出す。
他人事じゃなく、春からは自分も同じ様に自炊して自分の体調管理しなきゃダメなんだろうけど。
「準太、皿出して」
「っあ、はい」
不意に名前を呼ばれてビクっとなったオレに、なにボーっとしてんだよって笑う慎吾さん。
いつの間にかカレーは美味そうな匂いをさせている。
「ケーキも買ったけど後でいーか?」
「マジすか?やった♪あざっす、後でもらいます」
「あ、それから…」
「?何すか?」
「…いや、後でいいや」
つぎ分けたカレーをテーブルに運びながら慎吾さんが言葉を濁す。
言いかけた言葉を飲み込まれるのは正直あまり気分のいいもんじゃない。
だけどそこでくいつくのもカンジ悪い。
他愛のない会話をしながら慎吾さんの作ったカレーをたいらげ、そのあとでいちごのショートケーキを頬張る。
だけどその間も、さっきのやりとりが気になって。
帰ってきた時も態度は普通だった。メシを作ってる間だって、特に変な感じじゃなかった。
慎吾さんは何を言いかけたんだろう。まさか別れる、とか。
考えれば考えるほど悪いほうに考えてしまって、慎吾さんの顔も見れない。
「………」
「…準太?」
完全に手がとまってしまったオレを、どうした?って慎吾さんが覗き込む。
聞いても…いいだろうか。
「さっき…言いかけたの、何だったんすか?」
迷いつつも口から出た問い。
覗き込んだままの慎吾さんの顔色をうかがうと、眉毛一つ動かさない。
「…なんだよ、んなこと気にしてたのか?」
「、わ…ちょっ…慎吾さん!」
グシャグシャオレの頭を乱暴に撫で回しながら慎吾さんが笑う。おまけにおでこに手加減なしのデコピンをくらって、痛みにテーブルに突っ伏した。
「痛ってえ…!」
「お前の誕生日プレゼント、いろいろ考えたけど迷って選び損ねてさ、もう直接聞こうと思って。欲しい物、ねえ?」
「え…」
欲しいもの、そう言われてドクン、と一際大きく胸がなった。
欲しい、もの。
昼間一人でずっと考えていた、慎吾さんの中の『オレの居場所』。
前にねだってダメだと言われた合い鍵。
合い鍵を貰えたからって、慎吾さんの中に確かな自分の居場所ができるわけじゃないけど。
もし、許されるなら。
「……んごさんの部屋の…合い鍵が、欲しいです」
搾り出した声は少し掠れた。口にしてしまった言葉の重みに、みっともなく指が震える。
慎吾さんの返事が怖い。
言わなきゃ良かった、そんな後悔が言ったそばからぐるぐる渦巻く。
やっぱり取り消そう。慎吾さんの返事を聞く前に。
「…あの、」
「…ごめん、準太」
振り絞った声に重なるように発せられたその言葉、困ったように笑う慎吾さん。
拒絶ともとれるその言葉に、オレは唇を噛んで俯いた。
Bに続く。