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□鮮烈な赤が夜を染めるように
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手に入れたい、そう思った。
好きな女、というわけではない。
ただ、手に入れたい。
――そう、思った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
とにかく寒い日であった。
大石は別に寒いことは嫌いではない。
――と、いうよりどうでもよいのである。
寒さも、暑さも別段彼の心を動かさない。
彼に刺激を与えうるものなど本当に数少ないのだ。
例えばそれは命乞いする者の声。
命の灯が消える、その瞬間。
この世のものとは思えないほど美しい赤。
人の身体を流れるそれ。
尋常ではない。
だがそれらは確かに大石を興奮させ、駆り立て、この上ない愉悦を与えるものだった。
そして、もう一つ。
『……やめて、離してっ』
その悲鳴は記憶に新しい。
どんなに追い詰められても光を失わない瞳が、あのときばかりは絶望に揺れていた。
大石は小さく笑んだ。
――本当に、面白い女。
こんなに欲しくなるとは思わなかった。
大石はわずかに自嘲的な笑みを浮かべたが、ふと聞こえた声に、やおら顔を上げた。
声のする方に目だけ向けるとそこには、彼の欲するモノがあった。
それは、幸せそうに笑っている鈴花で。
その隣には当然のように斎藤がいた。
「……全く。本当に番犬みたいだねぇ」
小馬鹿にするような呟きを残して大石は立ち去ろうとしたが、ただならぬ気配に気付いてゆっくりと足を止めた。
――斎藤が見ている。
刺すようなこの視線の正体は、あの男のものに他ならない。
一瞬だけ肩越しに振り返ると大石は斎藤に向かって口の端を上げてみせた。
そして、声は出さずに小さく呟く。
「……あんた、邪魔なんだよ」
再びゆっくりと歩き出した大石の背には、もう斎藤の視線は感じなかった。
何気なく見上げた空は鉛色の雲に覆われている。
今夜は雪が降るかもしれない。
――だが、それも彼にとってはどうでもいいことだった。
そう。
今夜は、斎藤と共に天満屋で護衛の任務に着く予定だ。
大石は鼻で笑うともう一度空を見た。
――さあ、祈ろう。
鮮烈な赤が夜を染めるように
――俺は笑顔などいらないんだよ。
――お前さえ手に入れば。
〜END〜
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