□本気にさせないで
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「え〜っと、どういうことかな、お嬢ちゃん」

式部吉乃は困惑した面持ちで目の前のきらを見つめた。
きらはきらで顔を真っ赤に染めて俯いてしまっているものだから、どういうつもりで彼女があんなことを口走ったものか、判断がつかない。

きっと深い意味はない。
そうに決まっている。

無理矢理自分を納得させようと試みたが、どうにもやはり先程のきらの言葉が頭の奥に引っ掛かってうまくいかない。

いつものようにデートを楽しんで、きらを寮まで送って、いざ別れようとした時いつまでも自分の手を離さないきらに気付いた。

「ん、どうしたの、お嬢ちゃん」

いじらしいきらの言動に心が踊ったのは確かだったが、まさかあんな言葉が返ってくるとは思わなくて。

きらは自分を見上げて、少しだけ熱を帯びたまなざしで、何と言った?

「離れたくない。今日は帰りたくない」

――そう言わなかったか。

「……え〜っとね、お嬢ちゃん。俺だってさ、ああ言うこと言われちゃうとさ、冗談かなって分かってても、本気にしちゃうわけ。……本気にされたら困るでしょ、お嬢ちゃん」

とりあえず、きらとの間に流れるこの沈黙が気まずくて、どうにかこうにか大人の余裕を見せようと式部は笑ってその場をごまかそうとした。

――けれど。
当のきらは。

俯いていた顔を上げると――相変わらず真っ赤な顔だったけれど――とても真剣な表情で、こう言った。

「どうして、笑うの。式部さんとずっと一緒にいたいって思っちゃダメなの?もっと触れて欲しいと思うのはいけないこと?」

爆弾発言。

一瞬式部の思考は完全に停止した。

呆気にとられて、きらを見つめると、彼女の羞恥と怒りの入り混じった視線とかち合う。

式部だって、きらと離れて帰らねばならないのはすごく淋しい。
できることなら朝まで一緒に過ごしたい、そう考えたことは何度もある。

けれどきらは高校生だ。慌てなくてもお互いの気持ちも分かり合っているのだから、と無理矢理雄の欲求を押さえ付けてきた部分もある。

だからきらの言葉は式部にとっては本当に嬉しいものだったのだが。

式部は笑顔を作るのはやめ、真顔になった。

「お嬢ちゃん、自分で何言ってるか分かってる?……冗談で済まなくなるよ」

きらの肩を抱き寄せ耳元で囁くと、きらは小さくうなずいてみせた。

式部はそれを確認するときらの手を強く握って歩き出した。
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