拍手SS/企画SS

□熱い唇
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――え〜っと、何でこうなったんだっけ?

既に混乱している頭で鈴花は懸命に考えてみたが、何故、今自分がこういう状況に陥っているのか、説明できるものは何一つ思い当たらなかった。


眼前には、斎藤の顔。
いつもより上気した、それ。

何よりも問題なのは、今の鈴花は斎藤に組み敷かれたような、――別の表現をすると――押し倒されたような、そんな格好になっているということで。


――だから、なんでこうなってるんだっけ?

自分に今にも襲いかからんとする斎藤に必死で抵抗しながら、鈴花は再び思う。

――確か、斎藤さんが珍しく熱で寝込んでるから、様子を見ててくれないかって、近藤さんに頼まれて………。

――で、言われた通りに看病していて……。

――って、それだけなんですけどっ。

どう考えても、この状況になる理由がない。

絶対ない。

鈴花はおのれの唇を奪わんとする斎藤の顔をあらん限りの力でつっぱねながら、そう思う。

斎藤は確かにひどい熱を出して、寝込んでいた。
水で濡らした手ぬぐいを額に当ててみたり、汗をぬぐったりして、鈴花なりに懸命な看病をし、しばらく経った頃。

突然、斎藤の目が開いた。

いつもより剣呑な光を放つそれに、鈴花は何となく嫌な予感を覚えたのだ。

けれど、まさか。

斎藤がいきなり自分を布団の中に引きずり込むという暴挙に出るとは思わなかった。

そして、あれよあれよと言う間に今のこの状況になってしまったというわけなのだ。

鈴花の混乱も至極もっともである。

「あの、斎藤、さんっ!ちょ、もうやめて下さい!!」
「…………」

鈴花の抵抗の声にもどこ吹く風。
斎藤の表情は変わらない。

いつもと違う斎藤の瞳が鈴花を見据えている。

どこか剣呑な、あるいは虚ろな、それでいて熱に浮かされたような。

とくん。
心臓が跳ね上がって大きな音を立てた。

どこかに流されてしまいそうな自分が潜んでいることに気付いて、鈴花は知らず赤くなった。

上にのしかかる斎藤の身体が異様に熱い。
熱のためだけではないだろう。

「さい、とうさん……」

鈴花の腕の力が緩んだのは、疲れの為か、それとも………。

抵抗する力が弱まれば、斎藤は容易く鈴花を抱きすくめる。

斎藤の唇が首筋に落とされ、鈴花の身体がぴくんと震えた。

その唇の、吐息の熱さに鈴花は小さな声を漏らした。

駄目だと思うのに、強く抵抗できない。

斎藤に対する愛しい思いが鈴花の理性を押し退けようとする。

唇が合わさる。
絡まる舌の動き。

「さ…さいと……さ、ん」

艶っぽく響く自分の声が恥ずかしくて。

鈴花はいやいやをする子のように首を振って。

それから鈴花は必死で腕を伸ばして斎藤の顔に触れた。

それは、鈴花の最後の抵抗。

触れた指先が斎藤の輪郭をなぞる。
すると不思議なことに斎藤の動きがぴたりと止まった。
そして剣呑な光を宿していた斎藤の瞳が、訝しげな色を映したものに変わってゆく。

ややあってその唇が開いた。

「……桜庭?」

不思議そうな声。
明らかにこの状況が理解できていない表情。

しばらくそのまま自分が組み敷いたままの鈴花を見つめてから、弾かれたように鈴花を離した。
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