恋華キャラで16のお題
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尾形の瞳にいつもとは少しだけ違う色が差したと思ったのは、斎藤の気のせいだったのだろうか。
「新選組の中で、彼女に救われた者も多い」
「……尾形さんも、ですか」
「……ふ。さあ、どうだろう?」
斎藤は視線をずらした。
「……あいつは、綺麗です。嬉しいときは嬉しいと笑える。悲しいときは悲しいと泣くことができる。そんなあいつを俺は。……桜庭には俺の隣でずっと笑っていてほしい」
珍しく自分の感情を語る斎藤に尾形は苦笑して。
「……君って人は。桜庭くんが絡むと……いや、何でもない」
そう言ってゆるゆると酒を口に含んだ。
「そうか……最後まで、守るんだね。……桜庭くんを」
「そのつもりです」
まっすぐな斎藤の答えに尾形は声を上げて笑った。
「君らしくていい」
「……尾形さん?」
「その言葉を聞いて安心したよ。君ならば必ず彼女を守り抜くことができるだろう」
斎藤は尾形の目を見た。相変わらず静かなまなざしに彼の感情を汲み取ることはできなかった。
だが……。
「尾形さん、あなたはもしかして桜庭のことを」
奇妙な沈黙があった。
ややあって尾形はおかしそうに目を細めて斎藤を見る。
「鈍感な君にしては鋭い……と言いたいところだが、さあ、どうだろうね」
茶化すような物言いに斎藤はわずかに顔をしかめたが、尾形はさして気にする風でもなく斎藤にまた酒をすすめた。
斎藤がその酒を口にするのを見届けてから、尾形は溜め息を零すように呟いた。
「今となっては、それもどうでもいいことさ」
「やはり、あなたは……」
「桜庭くんが愛しているのは、君なんだからさ」
斎藤の視線を真っ向から受けて、尾形は少しだけ口の端をゆがめた。
「ただ、彼女という花を散らすことは、誰も望んじゃいないと思うんだ。……今となっては、あの花を守れるのは斎藤くん……君だけだしね」
「……守り抜きます、必ず」
斎藤の若干苛立ちを含んだ視線に気付いたのだろう。
尾形はふわりと破顔した。
それは毒の抜けた、何とも気持ちのいい笑顔だった。
「はは。そうムキにならないでくれよ。全く熱い男だね、君は」
「……申し訳ない」
「謝るところじゃないだろう」
小さく笑いながら、尾形はゆっくりと立上がった。
「……尾形さん」
「少し、酔ったみたいだ。風にでも当たってこよう」
そのまま出て行こうとする尾形の背に、斎藤はそっと声をかけた。
「……死ぬ気、ですか」
それは、今日尾形がここに来てからというもの、ずっと気にかかっていたことだった。
今を逃せば尋ねる機会は二度とないような気がした。
「……さあ、どうだろうね」
斎藤に柔らかく言葉を返しながら、肩越しに振り返った尾形は真剣な顔をしていた。
「誰しも、引き際が肝心だ……そう、思うけどね。……じゃあ、斎藤くん、またね」
尾形は軽く頭を下げて、去っていった。
いつもどおり、飄々とした態度の尾形。
けれどその背中がいつもより儚く見えたのは何故だ。
斎藤は尾形の残していった酒を見つめた。
『あの花を守れるのは、斎藤くん……君だけだしね』
尾形の言葉が頭から離れない。
――言われなくとも、守ってみせる。
――尾形さん。
斎藤はそっと酒を口に含んだ。
舌に残った酒は何故か苦い味がして、斎藤はゆっくりと目を閉じた。
あの新選組きっての秀才の見つめる先には、何があるのだろう。
その目にはどのような未来が映っているのか。
いつか聞いてみたかったが、きっとそれはもう叶うまい。
まだ八月だというのに吹き抜けた風は、やけに冷たかった。
〜END〜
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