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□宝物
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とうとうやってきたこの日。…また俺は泣いてしまうかもしれない。


−宝物−

土方先輩と約束を交わしたあの日から、あっという間に時間は過ぎていって…
今日はとうとう先輩の卒業式。

校庭は、卒業証書を手にした卒業生とそれを見送る在校生や先生、父兄達で賑わっている。
俺はそんな沢山の人達を、校庭隅の桜の木の下の周りを囲む花壇に腰掛けて一人ぽつんと眺めていた。
視線の先は、当然土方先輩。
同じく今日卒業した近藤先輩や沖田先輩と一緒にいる。
その周りには沢山の女子の群れ。
どうやら、第二ボタン争奪合戦が繰り広げられている様だ。
−−本当は俺だって先輩の第二ボタンが欲しい。
だけど、まさか女子に雑ざってボタンの取り合いなんて…男の俺に出来るわけないし。

"俺には先輩がいるからそれでいい。ボタンなんか女子にくれてやる!"

そんな強がりで自分の気持ちを誤魔化したりして。
そうでもしなきゃ、やってられないから…

土方先輩から視線を逸らし、空を仰ぐ。
綺麗に咲き乱れる桜の木から暖かい木漏れ日が降り注ぎ、俺は眩しさに目を細めた。

「山崎!」

突然名前を呼ばれ、声のほうに視線を向けると、土方先輩が女子の群れを掻き分けて俺の元へと駆けて来て。

「先輩…」
「やっと抜けれた…あんなに群れを作られたら欝陶しいったら」
疲れた顔でそう言う先輩。俺はそんな先輩を見て少し笑いながら、先輩の胸へと視線を向ける。
やっぱり第二ボタンはもう無い。分かってはいたけど...

「先輩、おめでとうございます…」
がっかりする気持ちを抑えて先輩に一言そう言うと、先輩が「サンキュー」とふっと微笑む。

「山崎、ちょっとこっち来い」
「?」
「こっち側だとまた女共に見つかっちまう。やっと逃げて来れたのに見つかるのは御免だ」

先輩に手を引かれ、木の反対側へと周って腰を下ろす。
校庭からは上手い具合に死角になっているその木陰は、確かに隠れるのには丁度良い。
目に映るのは綺麗な桜が舞散る様と俺の目の前に立つ大好きな先輩の姿だけ。
桜舞い散る儚くも綺麗な景色の中、先輩と二人。なんて最高で幸せなんだろう。

「手、出してみろ」
「へ?手、ですか?」

俺が一人幸せをかみしめていると、先輩から意味の解らない突然の言葉。何でいきなり手なんだ?と思いつつ、言われるがまま先輩に手を差し出す。
俺の手をとった先輩が、何かを俺に手渡して…
「!…先輩、これって…」俺の掌には、学ランのボタン。開いた掌の上でコロンと転がる。
「俺の第二ボタン。要らねーか?」
きょとんとする俺を見て、「要らないなら欲しがってた女子にやるが…」と言った先輩に慌てて返事を返した。
「いっ要ります!え、てか、俺が貰っていいんですか?!」
「お前に貰ってほしいんだよ」
そんな必死な俺を見て、先輩がふっと微笑み言った。
瞬間、ザァッと春の風が吹き付けて。
桜の木がざわめく。

「…わっ」
風の強さに目を開けていられず、瞼をギュッと閉じた。
…すると、唇に軽く触れる感触。驚いて目を開くと、土方先輩の唇が俺の唇に触れていて…
ゆっくりと顔が離れる。驚き固まる俺の目に先輩の悪戯に笑った顔が映った。

「ぶはっ、何だその反応。すごい顔になってんぞ」

あまりの不意打ちに、俺は目を見開いたまま言葉を失ってしまって。真っ赤になった俺の顔を見て、「猿の尻みてぇ」だなんて笑う先輩。猿の尻は酷いと思う。
まぁ、この時の俺はただただ呆然とするばかりで。よくよく思い返せば、先輩は俺の反応を見て楽しんでた。絶対。

ひとしきり笑うだけ笑った先輩が、今度は俺の学ランの第二ボタンを外す。
「ちょっと貸してみ」
先輩はそう言って、俺が握ったままの先輩から貰った第二ボタンを取り、俺の学ランに着け…
「…?」
されるがままにしている俺に、「交換な」と言って先輩が微笑んだ。
「お前のボタン、俺が貰ってもいいだろ?」
「はい!」
俺もとびきりの笑顔で返事を返す。



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