パラレル小説
□captivate pupil
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室内に居る男たちは相変わらず嫌な笑みを浮かべたまま、こちらを眺めている。
すると、突然後方から聞こえた声がそれを遮りその場にいた男たちが一斉にそちらへと視線を向けた。
「おい、お前ら。こいつはかなりの珍品だ。丁重に扱ってやれ。」
どうやらリーダー格らしい男が、こちらの髪を掴んだでいた男を制して周りの男たちに命令する。
その言葉に、男たちは一様に不満色を滲ませて声を上げた。
「俺たちが連れて来た獲物ですぜ?!」
「一回くらい楽しんだって罰は当たらないですって!」
グイッと髪を引っ張られて、痛みに眉を潜める。
しかし、先程の男が睨みを利かせると一斉に周りの声が静まった。
「五月蠅ぇ!いいな、手を出した奴は裏切り者として俺が手を下す。お前らは俺の言う事を聞いてれば良いんだ。」
そう言うと、男はこちらの方まで歩いて来て、髪を掴んでいる男を睨み付けた。
途端に、怯えた様子で手下が手を離し、今度は男がじろりとこちらを見下ろしてくる。
髪を開放された事で痛みはなくなったが、男から感じる威圧感に相手を睨み付ければ男の口許が僅かに動いた。
「……えっ…?」
ほとんどそれは声になっておらず、短く発せられたそれを聞き取る事は出来ず。
代わりに男は口の端を僅かに上げると手下を連れて部屋を後にした。
薄暗い室内へ近くの部屋で騒いでいる男たちの声が届く。
話題から察するに、俺の事を話しているらしい。
「売られるのかな、俺……。」
床の上に足を投げ出し、背中を壁に預けながら先程のやり取りを思い出す。
危害を加えるつもりは無いと言っていたが、何時迄もつかは怪しいものだ。
どの道、この身を売られる事に代わりはない。
それに、どうにもあの男が言って居た言葉が気になる。
聞き取る事は出来なかったが、確実に何か俺に言っていた。
口許の動きを必死に思い出しながら、同じ様に口を動かしてみる。
あの動きは多分……。
しかし、唐突に耳へと届いた足音がそれを遮った。
ガチャガチャと鍵を開ける音がして、扉の向こうから先程髪を掴んでいた男が姿を表す。
「よぉ。元気かぁ?」
どうやら、相当酔っているらしく足取りがおぼつかない。しかも、口からは何とも言えない酒のにおいが漂ってきて思わず眉を潜めた。
「おいおい、何か答えろよ?そんなんじゃつまんねぇだろうが。」
「ぐっ…!」
なぁ、と近付いてきた男がこちらの顎を乱暴に掴み無理やり目線を合わせてくる。
そして、怒りに相手を睨み付けると男がニヤリと笑みを浮かべた。
「そうだ、その方がそそるぜ?」
ぺろりと、男が舌なめずりをして背筋に悪寒が走る。
反射的に逃げようと腕を動かせば、一足早く男に両手首を捕らえられた。
「ボスには手を出すなと言われたが、折角の上玉なんだ。手を出すなって方が無理な話だろ。」
「五月蠅い、放せ!」
力を込めて必死に抵抗するが、やはり自分よりも体格が良い相手なだけあってそれなりに力も強く、びくともしない。
そればかりか、相手はむしろ余裕な顔で手首をより強く締めつけてきた。
「痛っ……くっ!」
「良いぜ、その表情。たまんねぇよ。」
嫌な笑い声が耳元で繰り返される。
更に近付いてきた相手の顔を少しでも離したくて顔を背ければ、男は近くに在ったシーツを片手で手繰り寄せ手際良く手首に巻き付けてきた。
数秒前に締め付けられていたものよりも遥かにきつい締め付けのそれはギリギリと肌に食い込むように硬く結ばれている。
「これは独特の結び方だからな。動けば動く程よく締まる。無駄な抵抗はしない方が身の為だぜ?」
そう言うと、男の手がするりと服の上から脇腹に触れてきた。
そのまま、肌に触れようと服の境目に向かって指が滑り降りる。
「っ、やめろ!」
ニヤける男をどうにか引き離そうと、身を捩り相手の行動を阻もうと唯一自由な足で相手の腹を蹴りあげた。
「っ、てめぇ……!」
僅かに手応えはあったが、急所からは外れたらしく男は悪態を吐くだけですぐに体勢を立て直してしまう。
そして、再び立ち上がると何処からか小型のナイフを取り出した。
「どうやら、痛いめに遭わないと分からねぇみてぇだな。」
キラリと刃物がその鋭さを誇示する様に僅かな光を反射する。
男は取り出したナイフを傾けて満足気に眺めると、見せびらかすようにその背の部分へと舌を這わせた。
「……っ…!」
急激に手足の先が冷たくなっていくのが分かる。
同時にじんわりとした汗が背中に広がり、心臓がどくどくと音をたてた。
まずい、このままだと……。
頭の中でこの後起こるであろう惨劇が映像となって流れていく。
思考がどんどんとそれに飲み込まれて、呼吸さえもままならない。
「さっきまでの威勢の良さはどうした?」
男は楽しそうに、指先でナイフを弄びながらスッとそれを顔の擦れ擦れまで近付けてきた。
「くくっ、震えてるぜ?良い眺めだ。」
ナイフの背が頬のラインを滑る様に撫でていく。
触れた部分から伝わって来る金属独特の冷たさに身体が感覚を失って、背筋が凍り付いた。
「………スト。」
怖い。
震える身体が、激しい心音が、無意識に言葉を紡ぎだそうと口唇を動かす。
助けて。