皇国テキスト

□それでも花は咲かなかった
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夢オリジナル作品になります。

佐脇に個人副官がいたらという有り得ない設定故、話に無理が生じております(汗)

ご注意下さい。


◇◆◇◆


女達が羨む美貌と魅力的な肉体。男達が望む一途で健気な愛情。時には男達を妖しく惑わす(これは女達にも言える事だが)。両性具有者なるこの生物に酔いしれ狂う者は数多くいる。

詳しくは知らなかった。あくまでも本に記されている程度の事しか。興味を抱かなかったわけではない。獣欲を一度でも抱いた事がないといえば嘘になる。あの生物達が無意識に発散させる色香を無視出来ない事はある。確かに魅力的だ。しかし密接に関わる機会がなかったし、俺自身積極的に手に入れたいと思うほど好き者にはなれなかった。そのためだけに出世を望む者を見るたびに滑稽に思っていた。

母はこの生物を好ましく思っていなかったようで、父は個人副官を希望しなかった(一度も手を出さなかったわけではないだろうが。)そのせいか俺自身も深く関わった事などない。名の通った遊女を抱いているほうがずっと刺激的で愉しい。そうでなくとも満足出来る愛人もいるが。時には火遊び程度に遊ぶ女も(典子にはとても言えないが)。

個人副官を迎えるつもりはない。情を示せるか分からないからだ。この生物が人の形をした人ならざる者に思えるのだ。だから受け入れられない。それらに疑問を感じた事は一度もない。だからといって階級が思うように上がらない事に関しては不服だ。何よりあの男に越された事は屈辱でしかない。

あの男は偶然にも英雄となった。そう、偶然なのだ。だがこの俺より先に。無駄な焦りを毎日感じていた。考えただけでも苛々した。すぐにでも追い抜かなくてはならないのだ。あの男に無意味な優越感を与えていると思うだけで腸が煮え繰り返る。急がなくては。しかしすぐには…。昇進は駒洲公様が望まぬ限りそう簡単に出来るものではない。殿も若君もあの男をひどくお気に召しておられる。だからこそ余計に苛立ちを感じ、不満と焦りで胸に油が詰まっているような不快な気分に自分の身を晒さなくてはならない。そう簡単に消し去れない。今すぐにでもあの男を消し去ってやりたい。

そうまさにそんな時、あの奇妙な副官が俺の前に現れたのだ。

新たな配属先、その辞令を請けるべく兵部省に呼ばれた。既に新たな配属先は知っていた。独立捜索剣虎兵第十一大隊の指揮に当たる。北領の地で圧倒的な敵に最後まで抗った兵の記念碑とさえ言われる、あの男が指揮した大隊を俺が引き継ぐ。もちろんこれが偶然でない事ぐらい分かっていた。だからこそどこか愉快めいた気分になっていたのだ。あの男はひどく気分を悪くしているに違いない。奴の大隊を俺が奪っようなものだ。気分は最高に良かった。

だが一つ気になる点があったのだ。俺が正式に少佐に昇進すると同時に若い両性具有者が一人配属されたのだ。それも俺の個人副官としてである。その若い両性具有者を俺が見たの人務部だ。

人務部を訪れ、見習士官に部長室の前まで案内された。部長の個人副官が副官室で事務をとっているのが目に入る。そこまではとくに気にしなかったが、副官室にもう一人いたのだ。見習士官ではない。若い両性具有者。見る限り人務部に勤めているようには見えなかい。まるで子供が見知らぬ大人達に取り囲まれてしまっているように見える。つまりひどく不安げだったのだ。妙に引っ掛かった。

俺が副官室に視線をやっていると俺の姿に気付いたのか副官とその両性具有者はその場でたちあがり、敬礼した。副官のほうは教本に出てきても不思議ではないくらい美しい敬礼であった。しかし若い両性具有者のほうはぎこちなくやけに素人臭い。教官がいたならば怒鳴られても不思議ではなかった。注意ぐらいは後でしてやろうと何となく思っていた。それだけだった。それだけならば二度と思い出す事もなかっただろう。

しかしまさかその若い両性具有者が俺の個人副官となるべくそこにいたとは想像の範囲外だった。

それを初めて知らされたのは部長室である。正式に辞令を請けたと同時に部屋に入って来た。若い両性具有者は俺の個人副官を命じられてここに来たと言った。部長も全く同じ事を言った。これは異例人事としか見れなかった。両性具有者は少将以上の階級にある人間に配属されるからだ。少佐に昇進したとはいえ、たかが一介の少佐に両性具有者が配属されるのは例外中の例外である。俺に第十一大隊が与えられたのが偶然でないように、これも偶然でないはずだ。部長に理由を尋ねるとなぜか話したがらなかった。最終的に答えられないとさえ言われ、ただ簡潔に貴官に面倒を見てもらいたいのだと言って会話を打ち切った。

情報を殆ど与えられてないも同然である。ふいに俺はこの若い両性具有者があの男の回し者ではないかと疑った。何か悪巧みでも仕出かすためにこの若い両性具有者は俺の個人副官になるのではないかと。まだ若いとはいえ子供ではないのだ。あの男の息が吹き掛かっていてもおかしくはない。いっそ断ろうとさえ思った。そうしてしまえば何もかも不安に思う事はないから。見たところ美人ぞろいと言われる両性具有者達の中では下あたりの容姿だ。平均的な女の容姿よりはいくらか可愛らしい顔立ちをしているが、だからといって心を動かされるほど魅力的には思えなかった。体も小さくまとまっている。幼さすら感じられた。普段ならば断っていただろう。足手まといにすらなるかもしれないのだがら。

しかしそうしなかったのはやはりあの男に並ばなくてはいけないという焦りからだった。断れば昇進出来ないかもしれないという僅かな可能性を恐れ、やむなく了承したのだ。決して不安げに立つ若い両性具有者を哀れんだわけではないし、女として気に入ったわけでもない。だからといって男として見ていいかは疑問だが。とにかくその若い両性具有者は俺の個人副官になった。


◇◆◇◆



両性具有者というのは理論的で頭が良い。多くの両性具有者は下手な将校よりも有能な働きを見せていた。それすらも主人への愛を勝ち取る為だとすれば恐ろしい生物だ。(だからこそ母はこの生物を嫌っていたのだろう)

だが副官(若い両性具有者)はその点において真逆であった。多くの将校が抱く両性具有者の印象を何もかも裏切っている。無能というわけではない。しかし多くの両性具有者が持つ有能さに欠けるし、細やかなな働きもさほど期待出来ない事はすぐに分かった。決して無能ではない。だが個人副官としてどうだと問われると良い返答は出来ない。外見はそこそこ可愛らしくはあるが、ずば抜けて魅力的なわけではない。何より副官は何かにつけて怯えるようなところがあった。臆病者で気が小さい。時たま話しかければ少し震えた口調で懸命に言葉を口に出している。正直なところ何故このような両性具有者が副官として配属されたのか分からない。良く軍人になれたなとさえ思っていた。

父は好奇心からか良く副官について多く尋ねてきた。快く思っていなかったのは母と婚約者の典子である。女とは言え、両性具有者がどういう生物でどう扱われるか知らないわけではない。自然と機嫌が悪くなる。それを宥めるのも一苦労どころではなかった。母は断れなかったのかと鬼のような顔をして問い詰めてきたし、典子は顔には出さないものの、副官を気に入っていなかった。もちろんそれは当然の反応だと分かっている。だから副官は二人に何もされていないはずがないのだ。あくまでも俺には見えぬ範囲で。だが問い詰める事はしなかった。二人が俺の見えぬ所で何をしていようと、それを叱る権利は俺にはないのだから。だからといって全てを無視するわけにはいかないから、時たま聞いてやるが副官は言葉を濁す。男には知られたくない事なのだと深く考えない事にしている。

哀れむ事はしなかった。副官とて、この世界がどういう世界か分からないわけではないはずだ。いくら上からの命令とはいえ、覚悟はそれなりにしているはずだ。その覚悟すら踏みにじる事こそ副官には酷に思えた。それに男が入れば余計に拗れるものだから、無理矢理何かをするのは良い策ではない。そのせいか俺は副官とは必要最低限の言葉しか交わさなかった。深く関わろうともしなかった。だから副官を名前で呼ぶ事はなかった。

副官は甘んじてそれを受け入れていたようだ。一度もその事について口にしなかった。意味もなく何かに怯えるような奴だから口に出来なかったのかもしれない。副官は常に何かに怯えているようだった。俺に恐怖心を抱いていたのか。いや、その態度は兵部省の時からそうだった。

叱る事はあまりしなかった。都合が良かった。いつもそうしていてくれたら俺はその副官と一線を超える事はまずない。怯える者を手に掛けるほど野蛮な行為を趣味にはしていない。何より容姿が可愛らしいとはいえさほど魅力的でないのが幸いだ。可能な限り副官に獣欲を抱く事はない。仕事上の関係を保てる。その奇妙な釣り合いを何とかそのままに出来る。そう思っていた。

もちろん今となってはそれがいかに甘い考えであったか身に染みて分かる。当時俺は両性具有者がどういった生物かを理解してなかった。どうして亜種と呼ばれるこの生物が滅びることなく生き延びていたのかを深く考えようともしなかった。もし気付いていたら必ず兵部省で断っていたはずだし、すぐにに送り返したはずだ。今となっては何もかも遅いのだから考えても仕方がない事である。

それに気付いたのは、あの日である。
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