■拍手御礼SS■

□■インフルエンザ■
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風邪をひいた。
それもただの風邪じゃない、いわゆるインフルエンザというやつだ。

高熱と咳、鼻水に頭痛。
風邪の諸症状オンパレードにたまらず医者を受診すれば、速攻で注射を打たれ薬を処方された。
不思議なもので、症状の名称がわかるや否や体の疲れはどっと押し寄せる。
行きは良い良い、帰りは怖い。
どこかで聞いた歌を頭で繰り返しながら、たまたま今日は休みであったという恋人を待つこと10分。

目の前に黒のハリアーが止まった。

「…ありがと、ロー」

薄いマスクの向こうからくぐもった声が聞こえて、ローは短く返事をした。
機嫌が悪いわけではなさそうだが、ご機嫌というわけでもない。
いたっていつもどおり。

「熱は?」
「38.6度だって」

「インフルエンザだろ、それ」
「うん。うつったらごめん」

「つーか、そんだけ熱あんなら行きから俺呼べよ」
「あ、そか。いや、うつったら悪いかなーとか。…思って」

休みであることは昨夜聞いていた。
ただ具合が悪かったので会う約束はしておらず、朝も熱が出たなーくらいの気持ちで病院に行ったのだ。
バスで10分程度だから平気だったのだが、インフルエンザと名付けられたこの病状にバスの乗客にも自分の体力にも申し訳なくなった。

車は通りなれた道に入って、あっという間に家に着いた。
先に車を降りたはずなのに、のそのそと鍵を出している間にローは車を止めて横に立っていた。

「あれ、何その袋」

居住の階であるボタンを押しながらエレベータが閉まるのを待っていると、隣のローが片手に買い物袋をぶら下げていることに気づく。

「果物。…とヨーグルトとか消化によさそうなもんコンビニで見繕ってきた。」
「あ…、ありがと」

ポーンと到着音がしてエレベータが止まる。
さっさと降りていくローの背中をぼんやり見ながら、ああ頼りになる彼氏だなぁなんて思っていた。



すりりんごは美味しかった。
ヨーグルトも甘酸っぱくて好きだった。

ああ、いいなぁこういうの。
見直したなぁ、ロー。

なんて。
思ったのはほんの2時間程度で。


「いやいやいやいや、ローさんや」
「あ?なんだよ」

「なんだよはこっちのセリフだよ、何そのワキワキした手」
「着替えさせてやろーとしてんだろ」

「いやいやいやいや、いいよ、自分でできるよ」
「バーカ、ふらふらじゃねぇか大人しくしてろ」

ジリジリと歩み寄ってくるローの手は10本の指をくねくねと動かしている。
その腕には洗ったばかりの気に入りのパジャマ。

「やだよ、絶対ヤラシイことするよ、前科何犯だよあなた」
「しねーよ、病人相手にするほどこちとら我慢弱くねーし」

「いや、でも自分で着替えられる。ひとりでできるもん」
「いつの時代の教育番組だよ、わかる奴にしかわかんねーぞ、それ」

押し問答もむなしく、気づけばベッド際まで追いやられている。
これはやばい、と認識した直後。


「はい、大人しくしてクダサーイ」


バフッとベッドに押し倒され、腹の上には馬乗りのロー。
ふかふかの布団の上といえど、上下に激しく揺れた脳はぐらりと意識を奪う。

「ちょ、ロー…う、ゲホッケホッ、ほんと、自分で…ッハ、できるって、ほん、と」

熱で朦朧とするなか、瞳には涙が浮かんでいるのか視界も危うい。
なんとかボタンに掛かったローの腕を抵抗代りに握ると、彼は驚いたような顔でこちらを見つめていた。




「…誘ってんのかお前」

「…は?」




前科者に我慢は皆無




「いや、本当…わりぃ」

「伝染ってこじらせて死にかければいい」



***END***




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