■拍手御礼SS■

□満員電車
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自然と目が行ってしまう

その姿を見るだけで

抱きしめて欲しい、と

苦しくなるから


今日を繰り返す明日なんて来なければいい、と

鋭利な自分がため息をつく










「だから、コーザは何でそんなに喧嘩っぱやいのよ」

「喧嘩じゃない。注意しているだけだろう」

「喧嘩腰じゃないの。そりゃぁ相手も機嫌が悪くなるわよ」

そう思うわよね、とこちらに同意を求められて曖昧に理解を示す私。
ビビはそれでも満足そうに笑ってコーザを見やった。

ほら、皆そう言ってる。

そう言いたい様にツンと鼻を空に向けた。

やれやれと呆れるコーザは、それでも食い下がっているので2人の口論は長引きそうに思えた。
少し離れた椅子に座る私の横で、チャカやペルが温かくも見守るのは
幼い頃から共にある2人が、仲睦まじげな様子だからだ。

ビビの父親が経営する会社に、彼女とは幼馴染という関係であるコーザが入社したのは「父親がコーザに跡継ぎを任せたいからだ」と、まことしやかにささやかれたのは数年前。
大学に通うビビは学校が終わると会社に顔を出しては、コーザと口論を繰り返して帰っていく。

喧嘩するほどなんとやら。

誰よりもその言葉が似合う2人に、そんな噂は尾ひれをつけることなくささやかれ続け
いつしかまるで常識へと変貌するように消えた。

入社して2年。
ひそやかにコーザに恋心を抱き始めていた自分には、あまりに残酷な光景と現象だった。












「やれやれ、やっと帰ったか」

コーザがそういってため息をついて、手元の書類を片していく。
帰り支度を整えていた私に気づくとフッと笑った。

「お前も帰るのか」

「あ…はい…」

時刻は定時から1時間を過ぎていたが、多少の残業のためそれは致し方ない。
ましてや、片思いを引き裂くような光景に、仕事も手に付かなかったとあっては尚更。

「ビビさん…送ってあげなくてもいいんですか?」

思わず言葉がついて出て、慌てて口を噤む。
聞きたいこと、だけれど聞きたくないこと。

コーザはきょとんとこちらを見上げた。

「あ、いえ…もう暗いし…一人じゃと、思って…」

いい訳にそう付け足せば、彼はふわりと笑って角を整えていた書類を机上へと置いた。

「あいつも子供じゃないんだ…それに、暗い中一人で帰るのはお前も一緒だろ」

書類をクリップで留めて引き出しに直す。
その流れを見つめながら、それもそうだけれど、と笑った。

「なんだ、お前も噂を信じてるクチか?あいにく、ビビには別に恋人がいるぞ」
「…え?」

初耳なその真実に思わず顔を上げる。
コーザはゆっくりと立ち上がって、呆れたように笑った。

「あの社長が…娘の結婚相手を自分で決めると思うか?」

そういわれて、ふとビビの父親・社長の顔が浮かぶ。
早くに奥さんを亡くされて、男手一つでビビを育て上げたコブラは一社長としても、父親としても立派な方だ。
そしてなにより、娘であるビビを溺愛している。
けれど甘やかすばかりではなく、彼女の自立心を信頼している節もあるために
あまり小言は言われない...と前にビビ自身から聞いたことがあった。

「そういわれてみれば…確かに」

だからか、と思う。
だから噂は自然に消滅したのだ、と。
当たり前のように、納得するように。

「珍しいな、コーザが自分であの噂を否定するとは」

近くに座っていたチャカが面白そうに笑った。
それに同意するように、どこからか席に戻ってきたペルがふわりと笑う。

「彼女、送ってやったほうがいいんじゃないか?」

もう暗いしな。

含むように笑う2人に、コーザはカッと頬を赤らめて否定しようと口を開くけれど。
それに気づくことなどないまま、私は慌てて両手を振った。

「あ、いえ!駅もすぐそこだし大丈夫です!!お仕事頑張ってください!」

お疲れ様でした!

深々と頭を下げて事務所を後にする。
少しだけ高いヒールがカツカツ音を立ててエントランスへと向かう。
その後ろで「なかなか浮かばれないな、コーザ」なんて言葉が交わされていることなど知らずに。



「あ…雨…」

小降りではあるけれど、黒い空から降り注ぐ水滴は
駅に着くまでには十分服を重苦しくしてくれそうだ、と考えながら空を見上げていると
後ろから名前を呼ばれた。

「え、コーザさん?」

振り向けば思い人が困ったように頬をかいていた。
まだ仕事が残っているのか、その手にはかばんは抱えられておらず
かわりにあるのは傘が一本。

「置き傘なんだが…使え。俺はペルさんに送ってもらうから」
「え…でも…」

遠慮しようとする私の手に、ぐっと傘が握らされた。
大きくて分厚い手。
どきりとしたのはその体温の高さ。

「じゃ、気をつけて帰れよ」

ぐりぐりと頭を撫でられて、彼は事務所への階段を上り始めた。
少し乱れた髪が一束、ひらりともとの位置へ戻った。

「あ、ありがとうございます!」

そう大きめに発せば、彼は一度だけ振り返って笑った。
ひらりと手を振って二階へと消えた背中が、朝よりも昼よりもずっと愛しい。







満員電車もインクランテ




窓ガラスに映る赤い頬と

水溜り作る傘

乱れた髪を直しながら

明日が楽しみな自分がいた。




END--




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