■拍手御礼SS■
□バレンタインプレゼンター
1ページ/4ページ
これは現実じゃないとさえ思ったから
大切な事が
喜びに埋もれてた
+++
君の隣に
+++
一歩外に出れば、辺りは一面バレンタインムード一色だ。
茶色いハートやピンクのリボンがヒラヒラしていて、街はどこか浮き足立っている。
少し前であれば、私自身このイベントに乗り気であったし、 なんなら今頃鼻息荒く意中の相手の好みをリサーチなどしているところだ。
だが如何せん。
つい昨年末ほどに、私には恋人が出来た。
大変喜ばしい事だ、当時は幸せの絶頂とやらにいた。
なんと言っても半年以上の片思いを経て、やっと実った恋心なのだ。
「男にチョコなんざ馬鹿げてるだろが、甘いものなんか食ったら全部吐く」
コンビニの店頭に下がるイベント横断幕に向かって、その男は悪態をつき顔をゆがめた。
キッド。
まもなく交際2ヶ月になる彼の名前だ。
まったくもってデリカシーのない、女心なんて微塵も理解できないウルトラ俺様男。
半年前の私は何をトチ狂ってこんな男に恋をしたのか。
思い出したくもない。
「チョコレート会社の陰謀だって言いたいんでしょ、わかったから前留めたら?見てて寒々しいんだけど」
コンビニで購入したホットコーヒーを両手で包みながら、私は彼の露になった鎖骨を見やる。
この寒空のした、シャツの第3ボタンまでかっぴらいているなど、バカの極みではないのかと思えてならなかった。
赤い髪に何連ものピアス、はだけたシャツの上に前を一つも留めることないファー付き黒いコート。
派手なくせに妙にカッコいい、彼を知るものなら「お前だからしょうがない」とでも言ってしまうものだが(それもどうかと思いつつも)。
「お前とは鍛え方が違うんだよ」
「はいはい、凄いですネー」
「テメェ…誰のわがまま聞いてやってると思ってんだ、もっと感謝してもいいんじゃねぇのか」
「寒いから買い物いやだって言ったのはキッドじゃん。だから映画にしようって言ったのに」
「あんなクソつまんねぇ映画見せといてよく言うな」
「最初から全開で寝てたくせによくつまんないってわかるねー、そんな勉強法あったよね睡眠教育っていうんだっけ?」
「良い度胸だな、表でろ」
「表です」
コンビニ前で睨み合うカップルなど迷惑以外の何者でもないが、そろそろこいつの何が好きなのかがわからなくなってきたこの頃、このケンカを機に別れるのも一つの手ではないだろうかと思えてきた。
バレンタインに嫌いなあまーいチョコでもたたきつけて、ついでに別れを切り出せば確実に離れられそうな気もする。
---ビュゥッ
2月の冷たい風が、ひと際強く二人の間を駆け抜けた。
パタパタと舞う旗の「St. Valentine's day」の文字がまるで仲裁するように私の頭を撫でる。
「…帰るぞ」
肩をすくめてため息をついて。
キッドは両手をポケットに突っ込んだ。
泣きそうになる。
年末はまだもう少し愛情も感じられた気がする。
手をつなぎたいといえばシブシブだがつないでくれた。
わがままを言えば人ごみの外ではあるがカウントダウンだって付き合ってくれた。
寒い寒いと叫べば「マジでウッセーなお前は。これ巻いとけ」とマフラーだって貸してくれた。
「…あれ?」
はたと気づいて彼を見上げる。
黒いコートの襟元に、昨年末たしかに彼は赤いマフラーを巻いていた。
どっかのライダーかよとツッコミ盛大に噴き出したら、怒り心頭の彼にそれを巻きつけられ窒息しかけた。
あれ以来、彼がマフラーを巻いた姿を見ていない気がする。
「ねぇキッド」
「あー?」
「マフラーどうしたの?」
いつも無駄にカッコよくて、何着ても似合ってて。
どんな姿も惚れ惚れしちゃってたから、気づかなかった。
だってとにかくスタイルいいんだ。
「あー…どっか行った」
そういえば、付き合う前と少し服の系統が変わった気がする。
前はゴテゴテのキラキラのフサフサだったのに、今はわりと庶民ぽいというか。
私が並んでも、違和感はないというか。
『アイツぜったいお前に気があると思うね』
『え、本当に?だとしたら嬉しいけど、…でも私全然セレブっぽくなれないし、見合わないんじゃないかって気がしてきて今勝手に落ち込んでんの』
秋ごろ。
膨れ上がるばかりの恋心を持て余し始めて、しょげ始めていたころ。
彼の友人は何故か楽しそうに声を潜めて笑った。
『あいつがマフラーとか…今まで一回でも見た事ねぇよ、無理しちゃってさー』
『そうなの?セレブってマフラー巻かないの?』
『いや、他のセレブとかはしらねぇけど、てかキッドセレブじゃねぇけど…あいついっつも毛皮だったろ。』
お前に合わせようと必死だよな---
そうだった。
それで私は、いたく感動してしまって(友達の勘違いかもしれないのに)そのままの勢いで告白して。
驚きと呆れと疑惑とを混ぜた眼差しを向けられたまま、5分ほどキッドに固まられたんだった。
そして「まあ、いいけど」と承諾をもらったんだ。
そうだよ、キッドはいっつも、なんだかんだわがまま聞いてくれて。
物凄く悪態はつくけれど、ちゃんと面倒見てくれた。
だから好きになったんだった。
何で忘れちゃってたんだ、私の馬鹿者。
ぎゅう、と黒いコートを掴んで、足を止める。
引っ張られてやっと、キッドも振り返った。
「おい、皺になるだろが」
「…キッド」
うつむいて、あふれ出そうになる涙を何とか飲み込んで。
足元のアスファルトをにらみつけた。
「バレンタインはマフラーあげるね」
うつむいたまま、彼の表情は見えないけれど。
きっと「ハァ?」とでも言いたげに片眉を上げているに違いない。
そしてそのまま照れるように、呆れるように、ため息をついて
「おー…赤以外にしとけよ」
ぽん、と頭に大きな手を乗せるんだ。
何色にしようか。
どんな形にしようか。
あのマフラーだってほんとは全然ライダーぽくなかったけど
とっても似合っててカッコよかったよ。
そう言ったってキッドは、私のあげたマフラーつけてくれるんだろうなぁ。
小さな雪がひとひら舞って
無理やり解かされたコート握る手をポッケに突っ込まれて
不器用な優しさに
チョコのような甘さを感じた。
***END***