連載番外編
□待ってる事のできない自分に
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「――――やっぱなんでもない!帰ってから言うから『待ってて』」
悟空と交わした言葉。
気になりつつも見送って、その後、悟空はボロボロになって帰ってきた。
帰ってきた彼を見て安堵したのはもちろんの事。
でも結局あたしは待ってる間ずっと不安で堪らなかった事に対し、悟空の言葉を信じきれなかった恥ずかしさが段々込み上げて来た。
無理矢理笑ってバレないように悟空を迎えたけれど、それでもどっしりと構えていられない弱い自分がとことん嫌いだ――――。
清々した筈の気持ちに浮上する黒いしこりが、煙草の味を悪くさせた……。
ジープで走り続け、その日は町に着く事はなく地形がこの先どうなっているのか不明な為、いい塩梅の所で野宿する事になった。
いつものように役割分担をこなしながら食事や寝床の準備をする中、
「永嘉…、もしかして僕の言った言葉…気にしてたりします?」
一緒に食事を担当している八戒が心配そうに聞いてきた。
『やはり一人で行かせてしまったのが心配ですね…、あ…永嘉を責めてる訳じゃないですよ?』
そう言った八戒の言葉。その事を言っているのを理解したあたしはふるふると首を横に振った。
「違う…、八戒は全然悪くなくて……。あれはあたしが着いて行ってれば一番早かったのは当たり前で、八戒が気にする事はないよ」
おそらく笑えていないだろうが今の気持ちではこれが限界だった。八戒にそんな見栄を張ってもすぐにバレるのにね。
「……待てなかった自分に腹を立ててたりするんでしょうね、貴女なら」
やっぱり八戒、という事で私の気持ちを言い当てた彼を見つめた。すると八戒はフッと目を細めた後スープを作っていたあたしの手からお玉を取り、
「僕から言えるのは、永嘉の今の感情を解消できるのは…おそらく悟空だけです。」
「そんな…」
「いいえ」
そんな事ない、そう言おうとしたあたしの言葉を遮り八戒は否定した後、あたしの頭に手を置いた。
「悟空の事ですから、今の永嘉の表情が固い事くらいお見通しだと思いますよ?…悟空は貴女の事になるととても敏感ですからね」
八戒にそう言われてふと最近の悟空の行動を思い浮かべた。
何か思い耽っている時とか特に、気が付けば隣に悟空がいる気がする。
それに今迄も泣きそうな時や辛い時、悟空はストレートに彼なりの言葉をくれてあたしの黒い感情にいつも光を射してくれる。
「仮にも悟空だって男ですからね。自分の大事な人の事を守りたいと思う気持ちは、もちろんあるんですよ?」
八戒は頭から手を離して次は背中に手を添えた。そしてポンと軽く叩き、「悟空はそこら辺で薪を拾ってくれているので」と言ってあたしの背中を押してくれた。
八戒の後押しもあり立ち上がったあたしは「行ってくる」と彼に告げ暗くなった夜道を駆けた。後ろから「食事ができる迄には戻ってくださいね」と声が掛かったので「了解――!」と大きな声で返事をした。
でも足は止まる事なく遠くの方に見える悟空が持つ明かりに向かって行った。
――――――……
「……あいつらしいと言えば、そうなんだがな」
「おや、三蔵聞いてました?」
笑顔で振り返ると呆れた顔の三蔵と目が合った。すぐにその視線は逸らされ、袖口から煙草とライターを取り出した三蔵は火を灯し咥えた。
「近くで話されちゃあ嫌でも聞こえる」
「まぁ永嘉は気づいてないみたいですけどね」
八戒はそう言って永嘉が去って行った方を見つめた。そして作りかけのスープへと視線を向けた八戒は小さく笑った。
「どうせ貴方も気付いてたんでしょう?」
「………何の事だ。」
微妙な間の後の質問返し。それは彼なりの照れ隠しと取れるが八戒はそれを言及する事はなかった。もちろん三蔵が素直に答えないと理解しているからだ。
「彼女もまだ若いですからね」
「おい…、どこのジジィの発言だ。」
齢二十代の男が発言しないような言葉にさらに呆れ果てる三蔵だったが、それから何も言わないのを見ると、納得している証拠だろう。
八戒はここにいる素直じゃない男が、感情を露わにするのはいつも永嘉絡みなのに気が付いているのか、否気が付いていない事にさらに笑みを深くした。
そんな事を思われている事を知らない三蔵は、楽しそうに調理する八戒の背中を見て眉間の皺を深くしたのだった。
――――――――……
悟空に近づくに連れ、胸の鼓動が早くなる。
走っているから、というのもあるがそれに加えて心臓を鷲掴みにされてるような…。正直今にも引き返したいという感情とは裏腹に悟空は走り寄るあたしに気が付いた。
「あれ、永嘉どうした?」
きょとんとこちらを見る悟空の前に辿り着いたあたしは胸に手を当て片方の手は腰に添えて
息を整える。そして少し落ち着いたあたしは悟空を見つめた。
既に暗くなった空。今の頼りは悟空の持つ明かりだけ。たぶんあたしから悟空の顔は見えているが、悟空からは見えていない筈。
―――――今なら言える気がする。
「………ごめんッ!」
そう言って腰を折り悟空に謝ったあたし。悟空が頭上で「え、な…!?」と慌てている為、あたしは頭を上げて再び悟空に向き直った。
明かりに照らされた悟空の顔は困惑していて、どうして謝られてるのかわからないという顔をしていた。
「今朝、悟空に『待ってて』って言われたのにあたし全然信じて待つ事ができなかった。…頭では理解してても心の中ではどうしてもできなくて――――」
唐突の話に最初は慌てていた悟空も今は黙って聞いてくれている。
「あたし、今まで何度もこういう状況あったのに、いつまで経っても直んなくて……、」
一度堰を切ってしまえばどんどん溢れる愚痴のような言葉に、自分自身がどんどん嫌な女に感じてしまい自然と涙が溜まり出した。
「ほんとこんな自分が嫌に……ッ!?」
嫌になる…、そう続けようとした瞬間、あたしは悟空に抱き竦められていた。