BLAST編 ブック

□見惚れる程の
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ここは天界。数多の神々が住まうこの地に今、ある事件に皆悩まされていた。この人もその一人で―――、


「びぇっくしょ――――いッ、あ゛―――ティッシュティッシュ」

「どこぞでまた悪い噂でも立てられてますかな?」

「…古臭いんだよ、言う事が」


……慈愛と慈悲の象徴の神、そして永嘉を一行の元へと送った張本人である観世音菩薩は盛大なくしゃみと共に流れ出る生理現象に、側近である二郎神が持つティッシュケースから一枚取り鼻に宛てた。


話は冒頭に戻り、その事件の渦中の人物こそ、五百年前に闘神として名を馳せていた―――哪吒太子である。


今から少し遡り、三蔵一行が崖登りを始める前――――、哪吒が行方不明になり天界に激震が走ったのだった。

















「哪吒の件はどうだ」

「はぁ、それが…。今の処、目撃証言のひとつもあがりませんで…、突然意識を取り戻したにせよ、この天帝城内を人目に触れず抜け出すなぞ不可能かと思われますが……」




忽然と姿を消した哪吒。―――五百年前、天界を揺るがす大事の起爆剤となったのが、父親・李塔天の呪縛から逃れんとした闘神哪吒太子の自害。


李塔天の死後、かろうじて一命を取り留めた哪吒の人造体が地下研究所で発見された。


――――しかしそれは、心を喪失した抜け殻でしかなかった。


彼の魂はあの時、信頼していた姉と幼い友の前で絶望とともに死んだのだ。



斉天大聖にまつわるあの災事は李塔天一派の謀反として処理された。だが竜王敖潤が顛末を書き遺した手記は、李塔天のバックに大きな力が働いた可能性を示唆していた――――。



「春……」



観世音菩薩は、今は転生して記憶のない彼女ではなく、口にしたのは過去の彼女の名。ただ、次いで浮かぶのは、現世の彼女の顔。


一度彼女と哪吒を会わせてしまった事を思い出し、少しばかりの不安を胸に抱いた観音は、机に肘を付き手に顎を乗せ、


――――何かが動き始めている。そう思案するのであった。

















――――――………




そして天界から現場は変わり、下界の彼ら三蔵一行もある危機に面していた。

というのも、地形の悪さの中の運行と現在いる場所の標高による体調不良が悟浄と三蔵に襲いかかっているのだ。


「――――数日前はあんなに威勢が良かったものを、盛者必衰とはこの事ですねぇ……」

悟浄の嗚咽をBGMに、冷静に言う八戒に堪らず永嘉も苦笑いを零した。




「盛者必衰って…ほんとにまんまだけど、このまま衰えていくのも可哀想だしさ。とりあえずあたしの薬飲まない?」

「ぜってー嫌だ…うっぷ…」

隣でジープの縁にしがみつきながら嘔吐する悟浄の背中をさすりながら、前回披露した薬を進めるも、断固拒否されてしまった。



「そうも言ってらんないよ?ほら、あたし見てよ。飲んでるから全然体調崩してないし。」

「永嘉の言う通り、飲むべきだと思いますよ。僕も」

八戒の後押しも、「そーだーだ」と横から賛同する悟空のせいで、また頑なに拒否する悟浄。だが本当に辛そうに嘔吐を繰り返していた。

そして助手席に乗る三蔵も同様の症状に悩まされており、頭を伏せて耐えていた。

















「三蔵と悟浄、なんでこんなんなってんだ?」

悟空の素直な疑問に、高山病と答えた八戒に周も頷いた。

「ここら辺、酸素も薄いし対応できねーんだろーな」

そう言う周はけろっとしていて、症状は一切出ていなかった。その理由は永嘉の薬を事前に飲んでいた訳もはなく、悟空と一緒でただ単に順応しているのであった。

それに対し、悟浄が周に羨望の眼差しを向けるが、永嘉の膝の上で尻尾を振っているのを見て、一層顔を青くさせた。刹那、ガクンとジープが揺れた。

勿論のこと悟浄は口に手を宛てて、込み上げる物を止めようとするが、すぐにまた縁にしがみつき地面へと向くハメに。





「〜〜〜〜もう少しゆっくり走れんのか……ッ」

「自力で歩けもしない方々が無茶言わないで下さい。休んだところで治る病でもないですし、一刻も早く高地から降りないと。永嘉の薬を飲むのが一番手っ取り早いですが」

「そーだよォ。うわ――すっごい汗」

周を抱えて前に乗り出した永嘉が三蔵の様子を伺うと、冷や汗を流して眉間に皺を寄せる三蔵と目が合った。思わず自分の鞄からタオルを出して汗を拭ってあげる永嘉。



「俺、なんともないけどな――――」

そう言って後部座席でも悟浄の背中を片手ではあるが摩ってあげる悟空。

「よほど耐性がないと厳しいと思いますよ。特に三蔵は生身の人間ですし、――――現に」

八戒は言葉を途切れさせた瞬間、ブレーキを勢い良く踏んだ。それによりジープは揺れ、タイヤが嫌な音を立てながら止まった。























「うぎゃッ!」

「どわッ!!?永嘉!は……八戒!?」

前に乗り出していた永嘉が反動で前へつんのめるのをなんとか服を掴み阻止した悟空は、八戒にも声をかけるが、彼自身も高山病の症状が出てしまったらしく、

「――――すみません、半妖の僕ですらそろそろ限界です」

「………マジで?」

息を切らせながらハンドルを握る彼に、戸惑いを隠せない悟空。

「いったァ……、ありがと悟空。」

なんとか車外へ放り出されなかった永嘉は、後部座席へと座り直したが、そこで見たのは、

「貴様らが玄奘三蔵一行か―――ッ!」とお決まりのセリフを吐き捨てる妖怪の集団だった。待ち構えていた妖怪達に、永嘉も悟空も周も顔を見合わせて隠すことなく盛大に落胆した。だがそうも言ってられない状況に、


「ジープ、動けそうか?」


悟空が小声でジープに語りかけると、元気よく返事が返ってきた。

「悟空?」

「俺、ちょっとアイツらの相手してっから、その間にバックでできるだけここから遠ざかれ。―――永嘉はみんなの事頼む」

先ほどまでの表情とは違い、淡々と告げる悟空に一瞬ドキリとした永嘉だったが、彼に応えるべく強く頷いた。

刹那、ジープがエンジンを吹かしバックすると共に「周!お前も行くぞ」と声を掛けた悟空はジープを飛び降り、それに続いて周も次いで飛び降りた。


いつの間にか冷静に指示を出せる程にまで成長した、遠ざかる悟空の背中を見つめつつ、処置する為に永嘉は鞄を漁った。

「頼むからもう、四の五の言わないでよね。」

そう吐き捨てると、八戒から「すみません」と謝罪の言葉が返ってきた。


















「はぁ……、なんだかんだ言ってもみんな半分は人間なんだから」

「……俺は違う」

「三蔵、揚げ足とる気力があんなら体制起こして。薬飲ませるから……」

ゴソゴソと鞄の中から、薬瓶を出した永嘉だったが、気配を感じ咄嗟に飛来に手をかけた。だが、目の前に現れたのは銃を持ってはいるが人の集団だった。しかも、



「大丈夫か?」

心配そうに顔を覗き込まれ、肩すかしをくらった彼女はきょとんと彼らを見返す。

その時、「永嘉大丈夫だぞ――ッ」と周の呼び声が聞こえてそちらを見ると、同じような集団と一緒にこちらへとやってくる悟空と周の姿があった。そこでようやく飛来から手を離した永嘉。




「――――波珊!!この男の法衣――――まさか」

永嘉の近くにいた男が『波珊』と名を呼ぶと、呼ばれた人物らしき男がジープへと近づいてきた。近づくに連れて彼がこの集団のリーダーなのだと理解するには時間はかからなかった。

飄々としているように見えるが、他の男たちとは違う貫禄が見て取れた。その男が三蔵へと手を伸ばしたのを見て思わず、害はないと知っていたが飛来にまた手をかけた永嘉。だがそれも杞憂に終わった。

ガシッと波珊の手首を掴んだ三蔵は、威圧的な表情で「―――――触んじゃねぇ」と言い放ったからだった。おそらくではあるが、三蔵法師の証、チャクラを確かめようとしたのかなと自己完結した永嘉。



そして話によるとなんと彼らは、紗烙三蔵法師直属の部隊だという事がわかった。
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