BLAST編 ブック
□鳥たちの集う場所2
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食事を済ませた周は眠ってしまった永嘉をおぶって宿へと戻ると、既に床に就いた一行を起こさないように、準備された寝具の上に彼女を寝かせようとした。
ただジープが小さな頭を起こして、挨拶してくれた。周はひとつ微笑むとジープは満足したようにまた寝る体制になった。どうやら待っていてくれたようだ。
そして永嘉を布団に寝かせようとしたのだが人数にしては少ない寝具。部屋の大きさ的にも問題ないが、何せ自分寝る場所がこれでは足らない。
「………ま、戻ればいっか。」
簡単に導き出した答えは、自分が狼化する事で万事解決する。そっと永嘉を下ろそうとした時、
「布団で寝てーの?」
いきなり意外な人物から声を掛けられ驚いた周は、咄嗟に声を押し殺した。ここで騒いで三蔵や八戒に怒られるのは御免被りたいからだ。
「悟空、起きてたのか」
「ん――、なんか眠れなくってさ。」
小声で話す周に合わせて、悟空もトーンを落として答えた。頬を掻きながら苦笑いした悟空はそのまま、周がおぶっている永嘉を指差し、
「なんならこっちで寝かせるけど」
そう言って自分の布団をポンと叩いた悟空。おそらく一つの布団で寝ると言っているようで、周が心の中で考えたのは、起きた時の永嘉がうるさいだろうな、という事。
まぁそれもまた面白いか、と自己完結した周は一度永嘉を下ろし横抱きにした後悟空へと預けた。
座りながらでも軽々と持ち上げる悟空を関心して見ていると、ゆったりとした動作でちゃんと八戒と自分の間に寝かせる所、ちゃっかりしてるなと周は思った。
「眠れそうか?」
「うん、ようやく寝れる気がする」
わざわざ自分が使っていた枕を永嘉の頭の下に滑り込ませるその行動に、本当に大事にしてくれてる事が伺え満足した周は、久しぶりに長い四肢を伸ばして眠れる事に安堵しつつ自分も目を閉じた。
――――これで妖怪が悪さをせずに朝まで寝れたらいいのに。そんな事を思いながら……。
夜と朝の境目、ふと目が覚めた永嘉の目の前には誰かの背中があった。
そういえば周とご飯行って寝ちゃったんだ……。
疲れ果てていたとはいえ、ご飯も食べずに待っていた周に付き合って行ったのに悪い事したな、と反省しつつ目線を上へと持っていった。そこでようやく目の前にいるのが悟空だと理解した。
よく眠れたからか、案外覚醒している頭の中に浮かぶのは、自分がここでいつものように驚いてみんなを起こして怒られる、という事。
――――周の奴…、絶対どっかであたしの反応が楽しみとか考えてたろーな。
でも、さすがにもう一年以上一緒に旅なんてしていればこういう雑魚寝状態なんて経験も何度もあり、驚く程の事でもない。ある意味ほくそ笑みながら役得なこの状況に便乗して、そっと背中に触れた。
刹那、ピクリと全員が反応した。
「だぁ―――、来やがった」
「まぁさすがに眠いですよね、この時間は」
「おい、誰か狸寝入りしてる三蔵起さねーと」
「え――ッ、ぜってーやだッ!言ってる周がやれよッ」
悟浄、八戒、周、悟空とぞろぞろと身体を起こしそそくさと準備を始めている中、様子がおかしい永嘉を気にした八戒が声を掛けるが、
「な、なんでもないッ!」
そう返すのでいっぱいいっぱいになっていた。まさか悟空に触れた瞬間に起きられるとは思わず、恥ずかしいやら焦りやらで、彼女の心臓はばくばくと早鐘を打っていた。
焦った―――ッ!こんなの見られたら絶対死んじゃうッ!!そう脳内で叫びつつ、自分もいそいそと準備に取り掛かった。
そして、妖怪が村のおばさんを襲おうとした現場に居合わせた一行は難なく助け、妖怪を縛り上げた後、村の代表に引き渡した。
「おお……なんともご聡明で慈悲深い…さすがは名高き三蔵法師御一行様」
「我々にできる御礼ならなんなりとお申し付けください!!そうだ、まずは最上級の朝餉を御用意させねば!」
大盛り上がりの村人達。だがそれに答える事なく、三蔵が八戒の耳元でボソリと呟いた。
丁度三蔵と八戒の後ろに居た永嘉は、三蔵の顔を見て聞こえていなかったが納得した。
「え――――、いいから寝かせろ。と申しております」
八戒の営業スマイルが決まった時、三蔵の頭はすでに船を漕いでいた。思わず三蔵の背中に手を添えて、「ほら行くよ」と宿の方へと促せば、そのまま着いてくる三蔵。
――――よっぽど疲れてんだな…。
「みんな!あたし達先行ってるから後お願いね―――!」
「おうよ、すぐ向かう」
悟浄が手を振り返してくれたのを確認した永嘉は、三蔵を連れて歩いた。
「お布団引きっぱなしだから、二度寝しよー三蔵。」
「……当たり前だ。」
ぶっきらぼうに吐いた言葉に笑った後ポケットから煙草を出して口に咥え火を点けた。明け方の新鮮な空気の中で吸う煙草に愉悦を感じつつ宿に戻ったらコーヒーを飲もうと決めた永嘉だった。
宿に戻って各々布団へと入り眠りに就いたが、永嘉は存分に寝た為か二度寝する事はできなかった。
有言実行、という事で永嘉は調理場を借りてコーヒーを入れて飲んでいた。いつもはブラックで飲むが今日は少し甘めにして正解だったようで、前に買った本も持参し、食堂でゆったりと過ごしていた。
どれくらい時間が経ったのか、ふと宿のおばさんに声を掛けられた時に既に朝になっていたのに気付いた。
「良かったらコーヒー入れましょうか?」
「あ、お願いできますか?」
とうの昔に空になっていたカップに気付いたようで、人当たりの良い笑顔でおばさんが言ってくれたので、好意に甘えてお願いした。
そして二杯目となる暖かいコーヒーに舌鼓を打っていると、
「あれ、永嘉?」
呼ばれて振り返ると、悟空がいた。
「悟空、おはよう。みんなもう起きたの?」
「ん――、たぶんまだ寝てる」
「そっか。ていうか、どっか行くの?」
悟空はもう寝巻きから着替えており、それに加えて…
「眠れなかったの?」
「え、」
「目、赤いよ?」
少し充血した目を指摘すると、サッと顔を背けた悟空。何か言いたくない事でもあるのか、まぁおそらく纏まらないから言えないだけかもしれないが、
「とりあえず何か飲み物でも飲んでから行きなよ。すみませーん!何かジュースあります――?」
厨房の方へと声を掛けると、顔は見せないがおばさんが「は――い、ちょっと待っててくださいね――」と返事が返ってきた。
とりあえず悟空を椅子に座らせて、話を聞こうとしたのだが、あまり浮かない顔をしている彼を見て問いただす事に気が引けてしまった。
大方あの丘の妖怪に会いに行くのはわかっているつもりの永嘉は、向かいに座っている悟空の手に自分の手を添えた。
ピクリと動いた悟空は、顔を上げて彼女を見つめた。すると永嘉はふっと笑顔になり、
「ま、気をつけてね。色々思う所あるのはわかってるからさ…。みんな待ってるから行っておいでよ」
一緒に行っても良かったが、永嘉は待つ方を選択した。正直単独行動をするな、という三蔵の言いつけには反するが、悟空が朝早くに起きて行動する事に何か意味があるなら…と、
なんとなく邪魔しちゃいけない、そんな気がしたのだ。
「……永嘉さ、」
「ん?」
「――――やっぱなんでもない!帰ってから言うから『待ってて』」
「わかった。…いってらっしゃい」
「おうッ!朝飯までには帰ってくるから!!」
そう言って勢い良く立ち上がった悟空は、ジュースを一気飲みして出かけていった。