BLAST編 ブック
□鳥たちの集う場所1
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「……おい、ほんっっとーにこの道しかなかったんだろうな?」
「何度も言ってるじゃありませんか。ここを越えないと、西へのルートを逸れるんですって」
「いーじゃん、たまには山登りで汗かくのもさ」
「……こいつは山登りじゃねぇ。ロッククライミングってんだよ」
「え――――?三蔵、今なんか言った――――!?」
西域へ行く為のルートを逸らさない為に上り続けている断壁を皆が汗を流しながら挑んでいるが、崖の傾斜が高すぎてかなり体力を消耗しているのが見て取れる。そしてその中で対照的な悟空と三蔵。
三蔵はもはやいつもの大きな怒声も出ない程疲労していた。
常日頃、ジープで移動している彼にとって、この崖登りは苦痛でしかないようだ。まあこの後にこそ苦痛が待っていたのだが、それは前回の話を参照してほしい。
そんなこんなで、上記の通りのスタンスのまま、崖登りを再開した一行だったが、こういう事に関して滅法根性がない一行の紅一点は、
「……てゆーか、妖怪に変わった所であんまり体力アップしてないのは何でなのよ――――!?」
愚痴を零しまくっていた。
「ほら永嘉、無駄口叩いてっとマジで置いてかれるぜ?」
そしてそんな彼女の目の前で飄々とした顔で座るのは、つい最近、『三蔵一行』と妖怪サイドからも認知された、ジープに次ぐマスコットキャラクターの周。もちろん今も犬の姿だ。
「あんたねぇ、そう言うんだったらちょっとは手伝いなさいよ!後ろに乗せてよ―――ッ!」
「お前、俺の後ろに乗るの嫌がってたじゃねーか。」
「ぐッ……痛いところ突くわね…。」
「ほら、アイツらもうあんな所まで行ってっぞ」
周が可愛らしい小さな頭を仰ぐのに釣られて見れば、おおよそ10m程先にいる彼等。本当に無駄口を叩いてた間に置いて行かれたようだ。
「この引き締まった二の腕が役に立たないなんて……」
「その時点で登り方ミスッてる。足使え、足。ほら、しっかり曲げて足裏を岩に引っかけたらちゃんと伸ばして……」
周にそうアドバイスされた彼女は、多少文句を言いながらも今までの腕中心の登り方を変えて、足中心に変えてみた。すると……
「何これ――――!!めっちゃ楽なんだけどッ!!」
脅威的な進歩に先程までの愚痴はどこへやら。スルスルと登って行く彼女に周は溜息を吐いた。
―――――てゆーか俺、最近溜息多くないか?
そんな幸薄な彼の性分だけは前世譲りなようだ。
ようやく彼女と周が、息が荒くバテバテの三蔵へと追いついた頃、いきなり悟浄の顔間近に発砲された。
悟浄はすぐ様、三蔵へと非難の声を上げるが三蔵はそんな元気もない筈で、本人もそんな面倒な事はしないと言った。
「え?じゃあ今の……」
八戒が疑問に思い振り返ったと同時に聞こえたのは、最近一行の生存を再確認した彼等の常套句。
見れば岩陰に数人の妖怪が各々武器を持って待ち構えていた。
「はァあ!!?こんな所でかよ!?」
「空気読めって!!こっちは今それ所じゃねぇって!!」
「いやぁ、むしろ空気読んだ結果じゃないですかねぇ」
現在進行形で崖を登っている一行にとっては、この襲撃は面倒な事極まりなく、息の上がった悟浄と悟空は喚き、八戒は彼等の言葉にこんな状況でも的確な返答をする。
とりあえず、足場を確保した永嘉は、遅い来る妖怪達を着実に倒して行くが、何分足場が悪くたまに足を滑らせていた。
「―――――皆さん、足場に気を付けて!!永嘉!さっきから滑ってますからこちらへ―――!」
「うん、そーする!!」
八戒の呼び掛けに、実際彼女の足場が非常に不安定だった事もあり、この不安定な足場に強い周に背中を任せ八戒の方へと登っていく。
彼女が登る中、悟浄も八戒の言葉に「言われるまでもね――――っつの!」と答えたものの、八戒が気にしているのはそれだけではなく、
「いえね、落ちたら危険だってのもありますけど、もう一度登り直す事になりますから。」
「なるほど最悪だ。」
いち早く反応したのは三蔵で、先程よりも意気込んで妖怪達を倒していく。
もちろんそれを聞いていたのは彼女も一緒で、八戒の元へと辿り着いた瞬間に、足場が少し良くなったのも手伝い、周と連携しながら次々と倒していく。
その時、悟空が妖怪を蹴り飛ばした反動で足を滑らせた。
「――――悟空!!」
思わず彼の名前を呼ぶ永嘉。だが持前の運動神経で岩場を掴み、なんとか落下を防いだ。
「〜〜〜〜〜っぶねェ!!悟浄、ちょいパス!!」
それにホッとするのも束の間、おもむろに悟空は自身が背負っているリュックを外し、悟浄へと放り投げた。
悟浄が受け取る瞬間ドサっと大きな音がするのは、彼の荷物がみんなよりも多い事を表す。
そういえば、と彼のリュックの中身を知っている永嘉は、
「今度いらない物を選別しようかな」
「それはまたいい考えかもしれませんね」
「あれ、余計な物入ってっからな――――」
八戒と周のお許しも出た事だし、と彼女は今度から悟空の鞄整理をする事に決めたのだった。
こうして一行は崖での戦闘も怪我する事なく終えて、また目の前にそびえ立つ崖を登っていく。
「やけに重いと思ったら、余計なモンいっぱい入ってんじゃね――――か」
悟空がリュックを悟浄から受け取り中を開くと、雑誌やらトランプやらガラクタやら、そして食料やら食料やら……
「それよりもあたしは、悟空がコレ背負って誰よりも一番に登れるのが不思議だよ。」
「え、そんなに重かねーよ?つーか三蔵、この金冠いらないんならもー捨てれば?」
ゴソゴソとリュックを漁って取り出したのは、三蔵の金冠。それをぶんだくるように取った三蔵は、「いらかねーよ、馬鹿か」と眉間に皺を寄せて吐き捨てた。
「そういえば三蔵がソレかぶってるのあたしあんまり見たことないかも…」
興味津々に三蔵が持つ金冠に近づいてじっくり見る永嘉と肩に乗る周。
「そうか、最近アレかぶってねぇと思ったら、頭が蒸れて髪が薄くなっ……うおッ!!?」
刹那三蔵が二発悟浄に向けて発砲する。
それを見ていた永嘉に居たっては、「悟浄は一言余計なのよね―――――」と言えば、悟空は「まぁ仕方ねーんじゃねェ?」と二人で顔を見合わせ苦笑い。
「てゆーか悟空?そのリュックの中身、今度からあたし管理するからね」
「え、」
「ほら皆さん、もう頂上ですよ――――」
「マジ?」
先に登っていた八戒の呼びかけに嬉々とした悟空は、彼女に目もくれず、リュックの紐を縛って閉じた後、担いで先に登って行った。
「逃げたな」
「逃げたね」
そんなわざとらしい行動を見ながら永嘉と周は笑い合って、悟空を追いかけた。
それに続いて、さっきから言い合っていた三蔵と悟浄も後ろから付いてくる。
「も―――二人ともッ、仲良いからって喧嘩ばっかしちゃ―――」
振り返り様永嘉が三蔵と悟浄に言えば、「良かね―よ!!」と悟浄が突っかかって来る。それに対して、「きゃ――――!」とはしゃぐ彼女は逃げるように頂上へと走り出した。
「アイツ…」
「俺ら、永嘉からどー見えてんだ」
そう二人は彼女を睨みながら、そして三蔵は手にした金冠を久しぶりに被る。
「ま、アイツのあの顔に弱いのはお互い様じゃね?」
「フン、知るか。」
―――――――……
崖を登り切った永嘉は悟空と八戒の間に立ち、そこで目にしたものは真っ赤な世界だった。
そしてその彼女を中心として、間を縫うように並んだ悟浄と三蔵。横一列に並んだ一行は、目の前の景色にそれぞれ思いを抱く。
「すっげ―――――――!!」とはしゃぐ悟空が居れば、
「ほんと……、山登りの極意ってこーゆー事なのかな!!」そう賛同し見とれる永嘉が居て、
「……今からここを降りるってか」と今までの苦労を思い出し、今後の事に愚痴を零す悟浄が居れば、
「そーゆー事言わないでください。」そう窘める八戒が居る。
―――――絶景を前に、個性溢れる一行の性格が出た一言。
そんな彼等が目指すのはただ一つ、―――――西域。
旅はまだ終わる気配はないが、永嘉はこの景色を忘れる事が出来ないなと、横に並ぶみんなの顔を一人一人見た後、燃えるような夕陽を目に焼き付けた。