坊ちゃんの記録U

□【空】
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 依頼された秘宝を手にした瞬間、遺跡全体が突然揺れ出し、2人は顔を見合わせて慌てて元来た道を戻り、出口へと急ぐ。走った後からどんどん遺跡は崩れていき、2人が出口の門をくぐると同時に入り口が瓦礫で閉ざされた。
 肩で呼吸しながら危なかったと呟くも、遺跡と一体化している小さな島自体も揺れており、遺跡が崩れていくのに合わせて島自体も、海の底に沈もうとしていた。その証拠に、じわじわと海水が島に流れ込んできており、乗ってきた小さな船も振動による波にもまれて島から引き離されてしまっている。

「フィルさん、これって……」
「言うな」

 お互い肩で呼吸を繰り返しながらも、呆然と周囲を見渡してリウが呟く。その呟きに、フィルは辺りを睨みつけながらその先を制したが。

「絶対絶命の大ピンチってやつですか?」
「〜〜〜言うな!!」

 フィルの言うことなど聞かずにこの状況を最も相応しい言葉で表現したリウを、フィルは一喝した。だが、そんなことを言ってもこの状況は変わらない。フィルは海に背を向けると、リウに言う。

「とにかく、高い所に行くぞ」

 島全体が沈もうとしているのだ。高い所へ逃げても時間稼ぎにしかならないのだが、リウは素直に頷き、フィルの後を走った。揺れているために思うように足が進まない。それでも2人は遺跡も見下ろせる高台へと辿り着いた。

「もうこれ以上は進めませんね」

 背後は岸壁。いっそ海に飛び込んでしまおうかなどと考えていると。

「お前……」

 フィルに声をかけられ、リウは隣に立つフィルの横顔に視線を移す。まさか同じことを考えているのかなと思ったが、聡いフィルがそんなことを考えているとは思えなかった。何ですか、とリウが尋ねると、フィルもリウに視線を向けた。その目が、その表情が、あまりにも真剣で、真っ直ぐで、リウも思わず表情を整えた。

「ここに、いろ」

 言われたことに思わず、え?とリウは返していた。フィルは眼下に広がる、振動により荒ぶる海に視線を戻して言う。

「俺を、追いかけるな。何をしても、助けるな」

 言われる言葉のひとつひとつが、リウを混乱させていく。でも、その横顔が何故と言わせてくれない。

「もし失敗したら……」

 そう言って、フィルは再びリウを見る。今度は、いつもの穏やかな表情で。

「否、俺を信じろ」

 それがやっとリウにもわかる言葉だったから、リウは笑顔で、はいと答えた。それにフィルは頷き、そのまま―。

「フィルさんっ!!」

 海へと、身を投げた。
 思わず追いかけようとしたリウだったが、寸でのところで堪える。追いかけるなと、フィルは言った。否、それよりも、信じろと、フィルが言った。
 重力に従い、堕ちて行くフィル。そっと、何かを抱くように両手を差し出してフィルは願った、わが身に宿る紋章に。その力を、貸してほしいと。
 刹那、眩い光がフィルを包み、上から見ていたリウも堪らず腕で目を覆い隠した。

「フィルさんっ!」

 一体何が起きたのかと、リウは光が弱まると再び眼下に視線を移した、すると。

「うわぁっ!!」

 物凄い風が下から上がって来て、リウは思わず後ろに尻餅をつく。痛みに顔を顰めながらも、その正体を確かめようと空を見上げると。

「……ぇ……フィル、さん…?」

 上空を旋回しながら優雅に空を舞う一羽の鳥がいた。それは美しい青の鳥で、それは再びリウのところへと急降下してくる。
 じっと見上げるリウと、降りてくる鳥の瞳が合い、言葉を交わす。リウは笑顔で頷き、鳥の背に乗るべく、助走をつけて海へと飛んだ。すると絶妙なタイミングで舞い降りた鳥が、その背にリウを受け止める。

「〜〜痛たたた…」

 腕の辺りを摩りながらリウは身を起こし。

「……わ、わわわわ!!」

 思わず、目を見開く。眼下に広がる広大な海。上空に広がる無限の空。その間を、自分は飛んでいる、美しい鳥の背に乗って。

「すごい……凄いです!!フィルさん!僕、飛んでます!!飛んでますよ!!」

 わーわー騒ぐリウ。思わず横に手を翼のように広げて、リウは思いっきり空気を吸い込んだ。風を切って飛ぶ鳥は、力強く羽ばたいて、優雅に空を舞う。
 やがて港に辿り着き、誰もいない浜辺にリウは下ろされた。鳥は光に包まれると、その光が人型になり、光の消失と共にそこにいたのは―。

「フィルさんっ!!」

 駆け寄ってきたリウに微笑もうとしたフィルだったが、がくりと膝から崩れ落ち、リウに抱き留められる形になった。リウは不安な表情で何度もフィルを呼び、フィルはゆうるりと瞼を持ち上げる。

「フィルさん、大丈夫ですか?」
「うまく、いったな……」

 今にも泣き出しそうなリウを安心させようとしているのか、フィルは小さく笑んで言った。リウは一瞬驚いたような表情をしてから、笑顔で頷いた。

「一体、何をしたんですか?」
「こいつの……力を」

 そう言ってフィルは、自分の胸に手をあてる。

「獣の紋章?フィルさん、でも」
「あぁ……だから、信じろって言ったんだ」

 力が顕在化したら身体が持たないと、以前フィルはリウに話していた。一縷の望みに賭けたのだ。下手をすれば、もう二度と元には戻れないかもしれない、紋章に壊されるかもしれない、それでも。
 フィルは、眩しそうにリウを見つめながらふわりと微笑む。その表情に、リウは胸が締め付けられる想いだった。

「そして俺は……お前を信じたんだ」

 その言葉に、とうとうリウは堪えていた涙を落とす。ぎゅっと、フィルを抱きしめる。この想いが、少しでもフィルに伝わるように。届くように。
 フィルは抗わず、リウに身を任せて瞳を閉じた。リウがいれば大丈夫だと、そう思ったから。そして、リウがいれば……自分は強くなれるのだと、そう思ったから。


***
突発思いつき話です。獣の紋章にこんな力があるかどうか知りませんし、こういう風にしたいとも、特に思っていないです。ただフィル坊っさま変身!!リウくん空を飛ぶ!!が描きたかっただけです。(また妙なのを……)

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