坊ちゃんの記録T

□【優美】
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「フィルさぁー……あれ?」

 仕事が一段落したから、急いでフィルさんの部屋にやって来たんだけど、部屋には誰もいなかった。

「あれ?おかしいなぁ…部屋で待ってるって言ってたのに…」

 まさか何かあったのかと、フィルさんが部屋にいない事実にだんだん不安になってくる。待っていようか、探しに行こうか、暫く逡巡していると僕の後ろでドアが開いた。

「ふぃ、フィルさんっ!もう、どこ行ってたんですか!?」

 入ってきたのは、僕が待ち焦がれていたフィルさんで、足音を立てながら詰め寄った僕に、フィルさんは申し訳なさそうな顔をしている。

「悪ぃ悪ぃ。ゲンゲンとガボチャに稽古つけてほしいって頼まれてさ。あまりにも一生懸命に頼み込んでくるから、断りきれなくて」
「書置きとかしてくださいよぉ…めちゃめちゃ心配したじゃないですか」

 僕は、腕を組んで頬を膨らませて主張してみせる。
フィルさんは自分のこと、軽く考えすぎです!代わりにしっかり僕が見ていないと!

「わかったよ、今度からはそうする」
「お願いします!…でも稽古って、結構派手に動き回ったんですか?」

 バンダナを外して、額の汗を拭うフィルさんに尋ねた。今は夏ももう終わりだけど、まだ気温は高い。だから汗をかくのは不思議じゃないんだけど、でもフィルさんはいつも涼しそうなイメージだったから気になった。

「最初は2人だったんだけどな、そのうち人が増えてきて…」

 やれやれって感じで答えたフィルさんになるほどと思った。

「そりゃあトランの英雄が相手してくれるなんて、またとない機会ですから」

 たった一人で、何人もの人たちの指導をしたのだろう。もしかすると、昔を思い出して自然に熱も入ったのかもしれない。ちょっとだけ、稽古をつけてもらえた人たちが羨ましく思えた。

「暑ぃ…さすがに疲れた。風呂入ってくるから、ちょっと待っててくれるか?」
「それは…構わない、ですけど……」

 視線が不自然に泳ぐ。何でって…目のやり場に困ったからだ。
 いつもはきっちり首のところまで留められている服が、鎖骨が見えるくらいまで開いてる。稽古中に緩めたんだろうけど、首に伝う綺麗な汗が…何だかとても…。

「〜〜〜フィルさんっ!!」
「ぅわっ!いきなりびっくりするだろ!?つか、人が暑いって言ってんのに抱きつくな、暑苦しい!」

 フィルさんの腕も一緒に抱きしめれば、ほとんど身動きが取れなくなる。離せ!とか叫んでるのがよく聞こえるけど、ごめんなさいフィルさん…ちょっとだけ我慢してください。
 僕は心の中で小さく謝罪の言葉を口にする。

チロリ

「っ!!」

 フィルさんの口から、声にならない声が上がる。

「は!?ちょ、お前何す…」

 明らかに動揺している。でも僕はもう一度、その行為を繰り返した。
 舌がフィルさんの肌を滑って、その上を伝う汗も一緒に舐める。何だか妙に扇情的で、フィルさんの全てがとても愛おしくなる。

「今のフィルさん…とってもとっても綺麗です…。このまま食べてしまいたいくらいです」
「お前なぁ、目ェキラキラさせて言ってんじゃねーよ」
「だってホントのことです!」
「頼むから離してくれ…身がもたない……」

 クタリ
 力の抜けてしまったフィルさんが、僕に身を預けてくる。
 稽古で相当疲れたのかも。僕は抱きしめていた腕を少し緩めて、フィルさんの顔を覗き込む。

「…フィルさん…」

 名前を呼べば、フィルさんが僕を見つめ返した。その空のような、海のような瞳を見つめたまま僕は言う。

「大好きです、フィルさんの、ぜぇ〜んぶがっ!」

 満面の笑みで告げれば、顔を真っ赤にしたフィルさんからの鉄拳が飛んできた。


***
リウが仕事中は基本的に本を読んでいることが多いですが、リウと打ち解けてくると、デュナン軍のメンバーとの交流を深めていたりします。特にナナミのイベント後は、その傾向が顕著に出ます。……でもこのお話のメインは、汗です、はい。

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