犬夜叉

□命の価値は
2ページ/7ページ



やがて長かった天上からの階段も尽き、一行はふんわりと霧に包まれた緑の森に辿り着いた。


そこで初めて、殺生丸はりんを顧みる。




顔は蒼白。息は切れ切れ。足下はおぼつかず、意識は辛うじて保たれていた。


無理も無い。
今の今まで呼吸していなかった身体だ。

全身に空気が巡りきっていなかったのだろう。
気力だけで動かしていた身体も、そろそろ限界なようだった。


共にりんを見やった邪見と琥珀も、りんが、はぁはぁと息を切らしているのを見てそれを悟る。




「邪見。」


主のたった一言。

普段は鈍く、主の意図を読み取れず足蹴にされる小妖怪も、この時ばかりは殺生丸と考えは同じ。


「はっ。何か精が付くものを探して参ります!りん、もう少しの辛抱じゃ、待っておれ!」


「俺も行って来ます!」


そう言って一人と一匹は、待たせてあった阿吽を駆って、空へと舞い上がって行った。




「邪見様…、琥珀……。」


眩む視界を保って、りんはそっと彼らを見送る。

息も絶え絶えに呟いたりんの瞳は、疲労のためか潤んで見えた。



「……喋るな。」


その様を見て殺生丸はりんを制するが、りんはそのまま項垂れてしまった。


「ごめんなさい……。りん、いっつも殺生丸様にご迷惑ばかりかけてる…。」


「………お前のせいではない。」


特に感情の籠らぬ響きでそう告げた。


「でも殺生丸様、大変な目にあったんでしょ?」


見れば拳を固く握り、表情を歪ませている。

いつもは咲き誇る花のように明るいかんばせが、今は萎れて枯れ果ててしまいそうな程に儚かった。




己の思いとはまるで外れた所に沈んで行くりんの心が歯痒くて、殺生丸は苦々しく少女を見下ろす。






取り返しの付かぬ事になったのはお前の方。


お前をその様な目に合わせたのは―――




お前を連れ歩いた


この私だ。







森にかかる霧は未だふわふわと漂い続け、行き着く先も計り知れない。




小さな溜め息を吐き、殺生丸はそっと屈んでりんへと手を伸ばす。


何を感じたか、思わずビクリと肩を縮こめたりんは、己に怯えているようだった。

だが殺生丸は構わず、その手で柔らかくりんの頬を包む。


りんの命を呼び戻した、あの時の思いのままに。






……冷たい……。




いつもならば、薄く桜色に染まる小さなほっぺたも、今は雪のように青白く凍えている。

普段冷たいはずの殺生丸の大きな手の平が、それ以上に温もりを持たぬ頬に、りんの命の危うさを感じ取った。


逆転した二人の体温。




胸の内が張り裂けそうだった。




それは、つい先ほど知り得た、身震いする程に忌々しく、押し潰されんばかりに痛々しい悲哀の感情で。

そんな物を思い起こさせる目の前の人間の少女が、自分にとって果たしてどれ程の存在価値があったのか。


今日まざまざと思い知らされた。
.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ