ドラゴンボール

□生暖かな
1ページ/2ページ

生暖かい空気が、大気を満たしている。




むわり、と込み上げて来る土の香り。






―――息苦しい…。






こんな事は無かった。




じっとりと湿気を含んで、身体中に纏わりつく重たい空気。




今までは、
排気と塵にまみれたこの星を。


血が染み付いているこの肉体を。


洗い流してくれるこの雨を。




心地よく思っていた。









雨に濡れて頬に張り付いたお前の髪を、それとなく掬って、耳にかけてやれば、

少し驚いた後に、

とびきり嬉しそうな顔をしてみせた。






ただの気紛れ。


何となく胸に込み上げたこの思いに、何となく便乗して動いた、俺の身体の、

気紛れ。




特別な意思なんて何もねぇ。




それでもお前は笑顔になって、気持ち良さそうに雫を浴びる。




それにつられて、俺まで、濡れちまうのなんてどうでもよくなった。









年に数日だけ降り注ぐ、この雨に、悪い気はしなかった。







冷たい水滴が、肌を潤し、気持ち良いと言った。




雨上がりの、凛と澄んだ空気が、好きだと言った。









お前が気持ち良いと言った雨水を、全身に浴びてみる。




―――何も感じない。






お前が好きだと言った、雨に触れた空気を、肺腑いっぱいに吸い込んでみる。




ただただ重たい。
息苦しい。








お前が守りたいと言った、このちっぽけな星の、このちっぽけな自然現象に、身を晒してみても、虚しいだけ。




いつからこうなっちまった?





お前がいなければ、何も感じる事の出来ないこの身体に、がりり、と爪を立てた。


不均等に捲れた皮の狭間から、じわりと血が滲む。


赤い筋が、一本。
雨と混ざって胸を伝った。




「―――ちっ……。」






曇天から降り注ぐ霧雨は、絶えず蒸発しながら、この渇いた大地にゆっくりと吸い込まれていった。






世界は単調に、それでも確実に変わって行くのに。




お前はどこにもいない。




何も変わらず俺の中にあり続けるだけ。






いらねぇ。


こんな感覚はいらねぇ。


こんな得体の知れぬ虚無感など、俺には必要無い筈なのに…。




何故か胸の奥底に巣くったまま、離れない。






痛みを叫ぶ声も。
世界を感じる身体も。




この鬱陶しい霧雨に撒かれて、何もかも消えてしまった。




今なお遺るのは、お前が置き去りにして逝った、行き場のないこの生暖かさ。








あぁ、―――気持ちわりぃな……。




(終)
08.6.13脱稿
6.16改稿
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ