犬夜叉
□しるし
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先程から何を話し掛けてもムッスリとして口を開こうとしない。
りんは幼い息子を膝に乗せて、どうしたものかと顔を覗き込んでみた。
つんと尖らせた唇は、今更ながら自分そっくりだなぁ、なんて感慨深げに思いながら、頭を撫でてやる。
昼下がりの柔らかな日差しが庭に落ちてはいるものの。
日の高さゆえ光が差し込まぬ室内は、晴れた外とは対照的に、少し薄暗くて寂しげにも感じる。
文机の上には、墨をいっぱいに飛び散らせた可愛らしいらくがきや、物語の本が乱雑に置かれていた。
周りには、この前邪見と一緒に作っていた凧が、すぐにでも遊べるよう、くしゃりと置かれたままだ。
普段は、トタトタと慌ただしく踏み締められている畳も、今はひんやりと二人を見守っている。
この部屋の主と同じように、現在しんと静まり返る室内に、りんは愛息子を膝に抱えて座っていた。
一向に機嫌が直る気配のない彼を、りんはじっと眺めてみる。
幼子特有のすべすべとした肌理細かい頬の上。
美しく輝く金の瞳は父親譲り。
だが今は稚拙に眉を寄せ、りんとは目を合わせず、畳に拗ねた視線を落とすばかり。
流石に埒が明かないと感じたりんは、核心に触れてみる事にした。
「ねぇ瀬名。何か嫌な事でもあったの?」
すると更に唇を突き出し、ぷぅと頬まで膨らませてみせた。
どうやら彼の中で、大層な葛藤が発生しているのは確からしい。
「母さまに話して、嫌な気持ち、半分こしない?」
ゆったりと微笑む母に、瀬名と呼ばれた半妖は、ようやく視線を戻して、しょんぼりした顔をりんに見せた。
「……ほんとう?ほんとうに母さま、はんぶんこしてくれる?」
「うん、しよう。瀬名がしょんぼりしてると、母さまもしょんぼりしちゃうもの。何があったか、話してくれる?」
りんはまだまだ幼さの残る面ではあるが、瀬名にしてみれば、温かくて頼もしい母親なようだ。
「………かぁさまぁ………。」
くしゃり、とあっと言う間に泣き顔になり、そのままりんの胸へと顔を埋めた息子が可愛くてしょうがない。
美しい、柔らかな銀髪を背中に流してやりながら、りんは温かい手のひらで頬を撫でた。
切羽詰まる様子の息子とは打って変わって、りんは温かい気持ちで瀬名を受け止める。
「どうしたの?」
「……僕の耳、へん?」
「え?」
あまりに唐突な質問に、りんはいったい何があったかと考えを巡らせてみる。
生まれてこの方、義弟と同じ朔の日を除けば、常に備わっている犬様の耳。
今はその気持ちを現すが如く、頭のてっぺんでぺたりとうなだれていた。
「おばあさまが……。」
きゅっとりんの袂を握り締めて、瀬名はぐすりと鼻を鳴らして語り出した。
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