犬夜叉

□晩夏に燃ゆる
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ジワジワ、ジワジワ。


ムッと暑い大気を埋め尽くすような蝉の鳴き声。

ふと気を抜けば、わんわんと共鳴し合うそれらに暑い日差しも相俟って、そのままグラリと吸い込まれてしまいそうになる。


上辺だけを聞けば、ジャージャーと喧しい騒音でしかない。

しかしよくよく耳を澄まして聴いてみれば

ミンミン
ツクツク
カナカナ


ありとあらゆる鳴き声で、互いに競い合っているようだった。




お飾り程度の手薄な木陰で、微かに吹くそよ風を受けながら、りんはぼんやりと座ってみる。


茹だるような暑さとはこの事か。

開けた青空から、晩夏の太陽は容赦無く地上へと照り付ける。

それは、さわさわと揺れる木の葉を縫って、りんの黒髪へと一身に降り注いだ。




「あつーい……。」


太陽に手の平をかざして、何となく漏れ入る日光を防いでみるものの。
りんの小さな手ではたかが知れていた。


目を細め、カラリと晴れた空を気怠く見つめる。

青々と茂った葉がテラテラと光り、りんは際限ない光りの中へと足を踏み入れた気がしていた。


この世界に彼女が飽く事の無いようにと、蝉はここぞとばかりにお節介な喧騒を奏で続ける。




りんの額や腰帯の周りは、既にじっとりと汗が滲んで。

長く伸びた髪に覆われた項や背中に、髪を掬い上げて風を通した。

拭っても拭っても滲む汗に、人間も干し柿のように干涸びる事が出来るのだろうと感じる。




周囲に誰が居る訳でもない。

強いて言えば、自分と同じ。いや、元々それ以上に干涸びていたような邪見が、グッタリと虚ろな目をして座って居るだけ。


りんは恥ずかしげも無く袖をまくる。

肘上程までめくり上げて、熱の籠る着物の内側に風を送った。


それと同様に、白くすらりと伸びた脚を、惜しげなく晒して、裾を摘んでハタハタと仰いでみる。


邪見がまた“はしたない”と小言を言うだろうか。

そう思ってチラリと横を見たが、当の妖怪は心ここに在らず。
ひたすらに大きな目を虚ろに開けて、空を眺める一方だった。


「殺生丸様、遅いね……。」




そう呟いて、自分も邪見同様空を仰いだ。




主はどこまで行ってしまったのか。

殺生丸が飛び立った空を、ただただ見つめて待つ事しか出来ない。








未だ世界を覆うように降りしきる蝉時雨。

共鳴し合って耳に刺さるそれは、いつしかりんの意識も遠くさせた。




ゆったりと、気怠い膜に包まれてゆく―――。

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