犬夜叉

□咲き待ちの里(中編)
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「はぁ………。」


小さな口から漏れる、大きな溜め息。


本日何度目かも分からぬそれを、緑の妖怪は盛大に吐き出す。


トボトボと、身の丈より幾分低い草を踏み分けながら足を進めた。






今し方訪ねた楓の家で聞いた、気鬱な話の内容を思い出しては、周囲の草をも根こそぎ吹き飛ばしかねない溜め息を吐き続ける。




“りんに縁談の話が来た”




そう言った老巫女の顔は、めでたい話の割に浮いてはおらず。

むしろ今の自分と同じように、深く溜め息を漏らしそうな程。


求婚をしたのは名主の息子だと言う。


村娘としては、願ってもない良縁。
浮き足立って嫁に行くに違いない。

普通の村娘ならば―――。







やがて木立ちが途切れ、この森を統括しているかのような大樹が姿を見せた。


よくよく目を向ければ、その大樹の根元には、僅かな木漏れ日にも眩い光を放つ、銀色。




「殺生丸様。」




目を閉じ、ピクリとも動かない主に、森にまみれてしまいそうな深緑の小妖怪が、遠慮がちに声を掛けた。



秋と言えど、未だに青々と葉を茂らせ、陽射しを柔らかい物へと変える。

一枚一枚葉を貫通して届く光は、森全体を淡い碧色に照らしていた。


その光の中で、殺生丸はゆっくりと目を開く。

彼の持つ白銀は、森の緑と良く馴染み、まるで森の一部にでもなったかのように、すっきりと溶け込んでいた。


主の瞳が開いた事を確認し、邪見は言葉を慎重に選びながら喋り出した。




「殺生丸様…仰せの通り、楓の元を訪ねてきたのですが。
やはり、その……りんが、村の男から求婚を受けたという噂は本当らしく……。」


その先を、どう繋げた物か。

邪見は次の句に迷い、まるで力尽きた蝉のように、ごにょごにょと言葉を濁してしまう。




本当はあの時、聞いていたのだ。


美味い茶と菓子に、舌鼓を打っていたあの日。


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