犬夜叉
□咲き待ちの里(中編)
1ページ/26ページ
「はぁ………。」
小さな口から漏れる、大きな溜め息。
本日何度目かも分からぬそれを、緑の妖怪は盛大に吐き出す。
トボトボと、身の丈より幾分低い草を踏み分けながら足を進めた。
今し方訪ねた楓の家で聞いた、気鬱な話の内容を思い出しては、周囲の草をも根こそぎ吹き飛ばしかねない溜め息を吐き続ける。
“りんに縁談の話が来た”
そう言った老巫女の顔は、めでたい話の割に浮いてはおらず。
むしろ今の自分と同じように、深く溜め息を漏らしそうな程。
求婚をしたのは名主の息子だと言う。
村娘としては、願ってもない良縁。
浮き足立って嫁に行くに違いない。
普通の村娘ならば―――。
やがて木立ちが途切れ、この森を統括しているかのような大樹が姿を見せた。
よくよく目を向ければ、その大樹の根元には、僅かな木漏れ日にも眩い光を放つ、銀色。
「殺生丸様。」
目を閉じ、ピクリとも動かない主に、森にまみれてしまいそうな深緑の小妖怪が、遠慮がちに声を掛けた。
秋と言えど、未だに青々と葉を茂らせ、陽射しを柔らかい物へと変える。
一枚一枚葉を貫通して届く光は、森全体を淡い碧色に照らしていた。
その光の中で、殺生丸はゆっくりと目を開く。
彼の持つ白銀は、森の緑と良く馴染み、まるで森の一部にでもなったかのように、すっきりと溶け込んでいた。
主の瞳が開いた事を確認し、邪見は言葉を慎重に選びながら喋り出した。
「殺生丸様…仰せの通り、楓の元を訪ねてきたのですが。
やはり、その……りんが、村の男から求婚を受けたという噂は本当らしく……。」
その先を、どう繋げた物か。
邪見は次の句に迷い、まるで力尽きた蝉のように、ごにょごにょと言葉を濁してしまう。
本当はあの時、聞いていたのだ。
美味い茶と菓子に、舌鼓を打っていたあの日。
.