犬夜叉

□激情
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ひどく曖昧な眠りから目覚めたのは、微かな水音が聞こえたからだった。

地面は昼間の熱を放出して、風は幾分涼しい。その中でりんはゆっくりと身を起こした。
邪見の寝息が阿吽を挟んだ向こうから鳴り続けていた。

殺生丸さま、帰ってきたのかな…。

そう思えば、自然と歩き出していた。
柔らかな月明かりに照らされて、林の中でも足元には困らない。風に乗って、時折ばしゃりと水音が耳に届いた。

水音に近付くにつれて、りんは胸をざわつかせる。今まで幾度となく嗅いだ事のある生々しい匂いが、りんにも感じられた。


やがてぽっかりと開けた空間に、幻想的な月明かりを称えた湖面が広がる。
日中、りんも水浴びをして過ごした水面が、今は夢の世界のように煌めいていた。
泉の中程で、その銀糸に水滴を絡ませた妖怪が、その光景をより非現実的な物へと変える。

りんはしばらくその光景に見入った。
光る白銀の髪。流麗で無駄の無い身体の線。月明かりに薄く浮かんだ横顔。
一指纏わぬその姿は、妖怪というよりは、まるで愛玩物のように端整で美しい。

彼のそんな姿を目にするのは初めてだったし、これ程念入りに水を浴びている姿に不思議さを抱いた。

そうして、ふと生々しい香りが鼻の奥に蘇って、途端りんの胸が締まる。


「殺生丸さま!!」


声など掛けられずとも、とうにりんの存在に気付いているはずなのにも関わらず、殺生丸はやっと顔を上げて、忌々しげにりんを見やる。
ばしゃばしゃと水を掻き分けるようにして、彼の元へ辿り着いた時には、りんは胸まで水に浸かっていた。

びしゃびしゃになった指先で、彼にすがる。


「殺生丸さま、怪我してるの!?」


滑らかでいて、鋼のような肢体に指を這わせ、彼を仰いだ。
先程からやんわりとりんの鼻を突いていたのは紛れもない血の金臭さ。どこかに大きな怪我があるのかと、その身体に目を走らせる。

殺生丸は少し思案するように目を細めていたが、いや、とだけ短く返された。彼の中に苛立ちが募っているのが分かる。


「だって血が…」


「他の妖怪の物だ」


それが気に食わない、とでも言うように、再び水を被り、身体を拭う。


その飛沫を浴びたりんの胸元へ、雫が吸い込まれていくのを、殺生丸の目が捉えていた。

玻璃の様に固く、奥深くまで怪しく澄んだ瞳の中に、不意に光が宿る。赤い色が、収まらない猛りを現した。


ばしゃん、と周りの湖面が跳ね上がる。
頭からずぶ濡れになったりんの頬に、大きな手のひらが触れていた。


「お前も引き裂かれたいか」


月明かりを取り込んで、爛々と光る赤い瞳が、りんを射抜いている。
色気立つ男の身体が、自分に向かっていた。


身体が恐怖に苛まれているのに、なぜか心は恍惚に呑まれて、身体に張り付く着物を煩わしく思いながら、りんはゆっくりと目を閉じる。
胸が高鳴って、息は浅くて熱かった。自分の温かい血潮で、殺生丸を濡らすのは悪くないと思えた。


しばらくして、閉じた瞼の向こうから小さな舌打ちが聞こえる。

頬に触れた冷たい手が、不意に身体を引き寄せた。


「っ……」


ぐしょ濡れの身体が触れあう。
水を含んだ口付けは、すぐに深いものへと変わっていった。

「ふっ…んんぅ…!」


口内を器用な舌先が弄ぶ。
ふんだんに水気を含んで音を立てるそれは、浴びた水気か互いの唾液か分からない。


「ふっ…はぁっ…んっ……!」


漏れる息に呼応して上下する胸元を、殺生丸の手のひらが包む。
ほとんど無い膨らみの先に、微かに見える立ち上がりを容易く探り当て、張り付いた布の上から擦る。


なぶる様に続く口付けの合間から、苦しい吐息と喘ぎが零れるのを、りんは熱に浮いた頭で聞いていた。



獣の様に高揚したまま、荒ぶる気性を叩き付けてくる。そんな殺生丸は初めてだった。
けれども、今のりんにはその絶対的な征服が非常に心地好くて、ただ身を任せる。

引っ掻き、摘ままれ陵辱されている胸元からの快感が、身体全体を掛けて、中心が熱い。
煩わしいとでも言うように、殺生丸が乱暴にりんの着物を取り去れば、月明かりが水を通り抜け、二人の身体が水中に浮かび上がった。

性急な指先が、りんの足の狭間に入り込む。入り口を無遠慮に撫でられれば、水の中とは思えぬほどに、ぬるりと滑っていった。


「あ…」


ぶるりと身体を震わせた瞬間に、長い指がぐっと入ってきて、りんは仰け反る。途端に自分の中が、彼の指を奥まで飲み込もうと蠢くのが分かる。自然と爪先に力が入った。

殺生丸の意志が、身体の中で好き勝手に働き、りんはされるがままに感じ入った。
この孤高の妖怪の激情が自分だけに、激しくぶつけられることが、堪らなく幸せだった。

今、彼の世界には、自分という個しか存在していない。身震いするほどに、りんはその事実を喜んでいた。


指だけで気を遣りそうになっていた矢先、ずる、と抜かれてしまい、反射的に声が上がる。刺激への反応と、喪失感がない交ぜになったものだった。


「何を考えていた」


本能の情欲にまみれた中に、ほんの少しだけ面白いものを見つけたような殺生丸の声。

虚ろに彼を見上げれば、腹に彼の熱の塊を押し付けられる。
言わねばやらぬ、と暗に焦らされているようで、その駆け引きにすら、りんは陵辱の心地好さを感じる。

なんと言えば、この悦楽が伝わるのか、しばらく彼の赤い瞳を見つめて思案してみた。

急かすように、固いものが腹や腰に擦り付けられた。



「…りんだけに、ちょうだい…?」


あなたの熱も、苛立ちも、欲望や激情すらも。

そして、心も、全て。

私だけに。

乱暴な程に、ぶつけて欲しい。



「…いいだろう」


赤が深くなる。
理性すら捨てた、野性を剥き出しにした瞳がりんを捕らえた。


「や……ぁああぁんっ!!」


突然熱い杭で串刺しにされたりんの声が、空間にこだました。

ばしゃんばしゃんと、蛟がのたうつように飛沫が跳ね上がる。
殺生丸の腕が、りんの腰をしっかりと掴んで、手加減なしに揺さぶる。

お互いに濡れた肌を合わせて、必死に掻き抱く。

浮力に任せて、殺生丸は容易くりんの両足を腕に抱えてしまう。中心を彼に剥き出しにしたあられもない姿に、余計に烈が煽られた。

腹のなかに深々と殺生丸が入り込んでいる。薄い皮膚のすぐ下に、自分以外の存在がいる。
その肉を感じると、頭がぐらぐらと回るほどに獰猛な気分になる。


「っ…あ…もっと…ちょうだい…?」



「…っ…淫らな……」



貪っているのは果たしてどちらだったか。それすら曖昧になるほど、全てを忘れて乱れる。
互いの存在以外、何も感じられない。

りんの下腹部を、殺生丸が不意に強く押した。


「あぁっ!!」


雷に撃たれたように反り返った身体から、温かい液体が放出されたことが、水中でも感じられた。


「やっ…だめ、そこやめ…」


微かに、彼の口元に笑みが浮かんだように見えた。

中の殺生丸と、皮膚の上から指先が、同時に同じ場所を押し潰す。
月明かりの中、りんの絶叫が響いた。
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