犬夜叉
□咲き待ちの里(後編)
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「なぁんですってぇえーっ!!!?」
白昼堂々、村中に響き渡ったかごめの怒号は、目の前にいたりんの耳をつんざいた。
外はほぼ無風だったはずだが、戸口の簾がびりびりと戦慄いた気がする。
屋根で小鳥が羽を休めていたら、間違いなく今の瞬間に飛び立っているだろう。
囲炉裏に盛られていた灰山が、微かに崩れたのをりんは横目で捉えた。
「ちょっと、どういう事!?お義兄さんが…いや、あの殺生丸が、りんちゃんを残して行っちゃったなんて!」
がっしりとりんの肩を掴んで、鬼気迫る形相のかごめは、今し方りんが話した内容に激高しているようだ。
殺生丸と決別してから数日。
洵太が世話をしてくれた医者の甲斐あってか、楓の容態も大分安定してきたように見える。
ばたばたと慌ただしく時間が過ぎて、気持ちの整理をする間もなく、日々だけが経過してしまっていた。
「なんで!?しかもその日の内に洵太くんからのプロポーズまで受けちゃったって言うじゃない!?」
もの凄い剣幕のかごめに、“ぷろぽぉず”の意味すら尋ねることも出来ないりんは、先日自分に起こった事を、しみじみと考えてみる。
洵太と柿を採りに行った山の中で、最近姿を見せなかった殺生丸が現れた。
そこで突然告げられた別れ。
元々二人の関係に明確な名前などなかったから、この決別も実際のところ何と言うものになるのか、りんには分からない。
ただ、心の一番深くて脆い場所に、しっかり癒着してしまっていたものを、無理矢理むしり取られたように、胸が痛んだ。
薄くなった胸の切り傷をなぞりながら、りんは笑う。
「…楓様がね、言ってたの。りんが嫁に行く姿を見なきゃって。まだまだ死ねないって。」
「りんちゃん…。」
「楓様に見てもらいたいの。りんが笑ってお嫁に行く姿を。今までたくさんありがとうって、楓様に言いたいの。もう心配しなくて大丈夫だよって、私は幸せだよって、…楓様に伝えたい。」
上げた口角がふるふると震える。
平穏な日々が、何の予告も無しに残酷に終わりを告げることを、誰よりもりん自身が知っている。
今まで隣に居た大切な人達との永遠の別れは、突如としてやってくるのだ。
伝えたいことは、たくさんある。
自分が如何に幸せかを楓様に伝えたいから、笑っていなければいけない。
笑って、とびきりの笑顔で、花嫁姿を披露しなければいけない。
零れそうになるものを、ぐっとこらえて目をつむる。深く息を吸い込んだ。
「でもりんちゃん…。」
「それにね、かごめ様。りん、洵太と一緒にいると凄く安心するの。楽しくて、頼りになって。」
不意に天井を見上げてみる。
梁の先端から先端を、まるで思い出を辿るかのように流し見た。
「りんの涙もすぐに止めちゃうの。」
洵太と出会った頃は、殺生丸が恋しくて、よく泣いていた。けれど、どれだけ涙が零れても、洵太の存在がその雫を止めてくれた。
「洵太がいるから、涙を流さずにいられるの。」
不思議なものだ。
消え入りたい程に全てが不安になって、何度も泣いた。
殺生丸様との別れはこれで二回目で、一度目は幼さもあり、本当に大泣きをしたものだ。
そして先日も、泣いた。
幼い故などではない。
心が張り裂けるとはこの事かと思える程に、決壊した川さながら、感情が溢れるまま、殺生丸の前でりんは泣いた。
でもそこには一度目のような“約束”は無くて、あるのは絶対的な拒絶のみ。
肌が千切れて散らばるかのように、殺生丸との別離は、りんには耐え難いものだったのだ。
けれども。
洵太は泣くなと言った。
頼むから笑っていてくれと言った。
笑っている自分を見たいと言ってくれた。
殺生丸の前で、あんなにもだらしなく泣きじゃくった幼い自分ではなく、洵太は一人の女性としてりんを求めてくれている。
りんはそれに応える決意をしたのだ。
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