接吻

□額なら友情
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「バイバイ。」




きれいに髪をなびかせて、女神は去る。


魔族になった、なんて報告しても、以前の俺と何も違わないと知れば、特にそんな事には頓着しなかったけど。

魔界に行くと告げた事だけが、螢子の静かな怒りを買ったようだった。







「いらっしゃい!!お!!幽ちゃん久しぶりだな。」


通い慣れた食堂で、慣れ親しんだ味。
おやっさんに呼ばれて降りてきた螢子を前にして、懐かしい台詞を口にした。


「結婚しよう。」


呆れ顔の螢子に、愛してると囁けば、私もよ、なんて言って相手にもされない。

部屋へと戻る螢子の後を追うと、柔らかな髪が目の前でふわりと揺れた。





久しぶりに入った彼女の部屋は、全てが鋭利な己の魔族の感覚の中、彼女の香りで溢れていて。

勝手に入って来ないでよね、なんて言葉には耳もくれず、ふと目に入った本棚を物色する。




「お、これ懐かしいな。」


手に取ったアルバムには、小学生だった頃の学芸会や運動会。
何てことない日常の風景があの頃のままに貼り付いている。


「も〜、勉強の途中だってのに。」



ぷぅ、とふてくされながらも、落ち着かないのか、螢子はベッドに腰掛ける。
それにつられるように、俺も隣に腰を降ろした。


「あ、お前泣いてやんの。」


幼い彼女が写る写真を指差して、俺はからかってみる。
その横には、傷まみれのぶっきらぼうな顔をした自分も一緒に写っていて。

見るからに俺が泣かせたみたいに見えた。



「…この時、あんたが、私にイタズラした奴らぶっ飛ばしてくれたっけ。」




お互いに共有してる記憶には、一片の狂いもない。


「そうだったっけか。」


なんだかそれが気恥ずかしくてとぼけてみるが。
どの写真を見ても、あの頃の思い出が鮮やかに思い出された。


「私のアルバムなのに、どっちのか分かんないくらいあんた写ってるし。」


横から螢子がパラパラとページをめくる。

あの頃からは想像もつかないような、すらりと伸びた華奢な指先で、二人の思い出をなぞる。




「そう言えば幽助、この時も同じ事言ってたわね。」


さっきの写真に戻って、コツンと指先で写真の中の俺を打つ。





ケンカする度に、誓いの言葉を口にして。
幼い彼女は今と変わらず、バカじゃないのって強がっていた。


「ケンカの度に言うんだもん。何回結婚しようって言われたか。」




「何度だって言ってやるさ。」




ギシリ。


軋んだベッドの上で、そっと彼女の額に口付けを落とす。



「手に入るまでは。」


額に掛かっていた前髪を、ゆっくり頬に沿って撫で下ろす。


「…この時も、あんた同じコトしたわね。」




螢子がそう言ってる間に、柔らかい髪を弄んだ手を後頭部に差し入れて。




「あの頃とは、違うけどな。」




ゆっくり引き寄せて、静かに唇を重ねた。




「三年間、守り通せよ。」


うっすら濡れた唇を、優しく撫でて。
思いの外赤い顔をしている彼女に、もう一度口付けを送った。




友情は、やがて愛情に。




(終)

12.1.13 脱稿

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