接吻

□手なら尊敬
1ページ/1ページ



静かに目を閉じて、そっと手を合わせた。

ひゅう、と風の音だけが耳を掠める。

誰もいなくなった集落は、ぼうぼうと草が生い茂り、寂しい風が土を撫でていた。

亡くした人達へ、しばらく思いを寄せて、盛られた土をぼんやりと眺めた。


「珊瑚、こちらはだいたい済みましたよ。」


向こう側に茂っていた草を取り除き終わった法師様が、遠慮がちに声をかける。


「ありがとう、法師様。」


微かに笑って礼を述べれば、法師様も横に並んでしゃがんだ。


「元気にやってるよって、報告してた。」


「ああ。」


手向けたそれぞれの武器の上に積もった土埃を、ゆるゆると払う。

時たま耳にやかましい程に吹いていた風も、今は止んでしまって。




「たまに思うんだ。」


不意に語り出したあたしの声に、法師様はこちらを向いた。
あたしは彼らの墓を見ながら喋り続ける。


「父上や仲間達は、あたしや琥珀だけがこうやって生き続けている事を、どう思ってるんだろうって。」


法師様は何も言わない。
だからあたしはまた話し出す。


「今をこんなにも平和に、笑って生きてる私達を、憎んではいないだろうかって。」



皆に手をかけた琥珀。
止められなかったあたし。

一人、墓から這い出してしまった、私。

私。




「珊瑚…。」




ただただぼうっと、彼らの墓に視線を向けて。
もしかしたら、今ここに自分が埋まっていたかもしれないと、ぼんやりと思った。




「あたしね、毎日楽しいんだ。隣には法師様がいて、犬夜叉やかごめちゃんや、七宝達と賑やかに過ごして、恥ずかしそうにする琥珀の世話が焼けることが。」


堪らなく幸せなんだ。


そうつぶやいて、ふっと皆に微笑んでみせた。




切ない思いは止まらない。
進み続ける時間も戻りはしない。


けれども。






命ある今を、精一杯生きてみたいから。


「だから、皆の恨み言はあの世で聞くよ。」


今は法師様と生きて行きたい。




「珊瑚は強いな。」


「そうかい?」


二人立ち上がって、並ぶ。


「ああ。俺は呪いを受けたと知った時、如何に死ぬかを考えた。」


世継ぎを作って、いつかこの呪いに喰われてしまう事を思い、日々を過ごす、孤独な時間。




「強いよ。何を亡くしても、生きることを考えられるのなら。」



それはそれは、溢れんばかりの勇気が必要だから。




法師様がつい、とあたしの手を取る。




「お前を尊敬する、珊瑚。」


優しく手の甲に口付けを贈られる。


「共に歩むのが、お前で良かった。」




そう言って、綺麗な笑顔で見上げて来るものだから、思わずあたしの顔は赤くなった。




熱を冷ましてくれるはずの、荒涼と吹いていた風すら、今は感じられなくて。
ふと思い当たる。

あぁ、法師様がいるからか。



その大きな背中で、全てから守ってくれる。





「法師様がいてくれるから。」


そう小さく呟いて、口付けを受けた手を握りしめる。




法師様の笑顔と一緒に、懐かしい笑い声が聞こえた気がした。




(終)

12.1.16 脱稿

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ