接吻
□手なら尊敬
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静かに目を閉じて、そっと手を合わせた。
ひゅう、と風の音だけが耳を掠める。
誰もいなくなった集落は、ぼうぼうと草が生い茂り、寂しい風が土を撫でていた。
亡くした人達へ、しばらく思いを寄せて、盛られた土をぼんやりと眺めた。
「珊瑚、こちらはだいたい済みましたよ。」
向こう側に茂っていた草を取り除き終わった法師様が、遠慮がちに声をかける。
「ありがとう、法師様。」
微かに笑って礼を述べれば、法師様も横に並んでしゃがんだ。
「元気にやってるよって、報告してた。」
「ああ。」
手向けたそれぞれの武器の上に積もった土埃を、ゆるゆると払う。
時たま耳にやかましい程に吹いていた風も、今は止んでしまって。
「たまに思うんだ。」
不意に語り出したあたしの声に、法師様はこちらを向いた。
あたしは彼らの墓を見ながら喋り続ける。
「父上や仲間達は、あたしや琥珀だけがこうやって生き続けている事を、どう思ってるんだろうって。」
法師様は何も言わない。
だからあたしはまた話し出す。
「今をこんなにも平和に、笑って生きてる私達を、憎んではいないだろうかって。」
皆に手をかけた琥珀。
止められなかったあたし。
一人、墓から這い出してしまった、私。
私。
「珊瑚…。」
ただただぼうっと、彼らの墓に視線を向けて。
もしかしたら、今ここに自分が埋まっていたかもしれないと、ぼんやりと思った。
「あたしね、毎日楽しいんだ。隣には法師様がいて、犬夜叉やかごめちゃんや、七宝達と賑やかに過ごして、恥ずかしそうにする琥珀の世話が焼けることが。」
堪らなく幸せなんだ。
そうつぶやいて、ふっと皆に微笑んでみせた。
切ない思いは止まらない。
進み続ける時間も戻りはしない。
けれども。
命ある今を、精一杯生きてみたいから。
「だから、皆の恨み言はあの世で聞くよ。」
今は法師様と生きて行きたい。
「珊瑚は強いな。」
「そうかい?」
二人立ち上がって、並ぶ。
「ああ。俺は呪いを受けたと知った時、如何に死ぬかを考えた。」
世継ぎを作って、いつかこの呪いに喰われてしまう事を思い、日々を過ごす、孤独な時間。
「強いよ。何を亡くしても、生きることを考えられるのなら。」
それはそれは、溢れんばかりの勇気が必要だから。
法師様がつい、とあたしの手を取る。
「お前を尊敬する、珊瑚。」
優しく手の甲に口付けを贈られる。
「共に歩むのが、お前で良かった。」
そう言って、綺麗な笑顔で見上げて来るものだから、思わずあたしの顔は赤くなった。
熱を冷ましてくれるはずの、荒涼と吹いていた風すら、今は感じられなくて。
ふと思い当たる。
あぁ、法師様がいるからか。
その大きな背中で、全てから守ってくれる。
「法師様がいてくれるから。」
そう小さく呟いて、口付けを受けた手を握りしめる。
法師様の笑顔と一緒に、懐かしい笑い声が聞こえた気がした。
(終)
12.1.16 脱稿