春夏秋冬〜五十の調
□朔の夜には
1ページ/2ページ
爽やかな風が頬を掠めていった。
夜風の心地良さに身をゆだね、りんはそよそよと髪を遊ばせる。
今宵は朔だろうか。
月のように地に影が落ちる事は無かったが、夜空は煌々と眩い光が散りばめられていた。
「すっごい数のお星様……。空が半分こになっちゃった。」
「ん?あぁ、天の川じゃな。」
阿吽に凭れた邪見が寝ぼけ眼で夜空を仰ぐ。
ぼんやりと星を見ていたりんが、天の川?と邪見を振り返った。
「空に川があるの?邪見様。」
「そうじゃあ。星の川じゃあ。あぁ、もう乞巧奠の時期じゃな。」
目をしぱしぱさせながらパクパクと口を開く邪見へ、聞き慣れない言葉にりんは首を傾げておうむ返しをする。
「きこうでん…?」
「七夕の事じゃわい。普通は裁縫や手習いの上達を願う行事じゃが……そうじゃあ、りん!お前この機会にその減らず口が直るよう願っておけぇ。」
最早目が開かないのだろう。
邪見は今まさに眠りに落ちようとしていた。
「そんな事お願いしないもん!」
ぷぅ!と頬を膨らませたりんが邪見を睨むが、既にかの妖怪はいびきをかき出していた。
「も〜…邪見様はそのいびきが直るようにお願いすればいいのに。」
そう言って頬を膨らませながら、りんは再び視線を空へと戻す。
この空に願って、この星の川がどこに願いを届けてくれるのだろうか。
「殺生丸様は何をお願いするの?」
阿吽の背に腰を降ろしていた殺生丸だったが、あらぬ方を向いたままりんの問いに素っ気無く答えた。
「何も……。」
何も願いはしないし、何も願う必要も無い。
全ては思いのままに手中に収まる。
「そっかぁ。りんも今お願い事、無いなぁ。」
殺生丸がゆっくりと顧みれば、夜空に手を伸ばして、天の川をなぞるりんがいた。
「……欲が無いな。」
風に流されて来た黒髪を、一房手に取った。
躊躇う事なく、その艶やかな髪に口付けを落とす。
それを見たりんがにわかに赤面する。
「だって……今殺生丸様と一緒にいれるもん。」
恥ずかしさの余り、殺生丸に背を向けた。
そんなりんを、殺生丸は背後から優しく抱きすくめる。
より一層、りんの顔が染まったのが分かった。
「折角の機会だ。何か願えば良い。」
柔らかく耳元で囁いた。
「〜っ!ぅ〜………じゃあ……これからもずっと、殺生丸様といられますように……。」
ゆっくりと言葉を、夜空を流れる川に乗せる。
どこに運ばれて行くとも知らずに。
「それは………星では無く、この私が叶えてやろう……。」
流れ着いたのは、どうやらりんが願う張本人。
殺生丸はふと笑みを浮かべる。
ほら……願わずとも容易に手に入る。
だが
りんの願いは、例え幾億の星を敵に回そうとも
渡しはしない。
そう独りごちて、熱いりんの首筋に、鮮やかな誓いを立てた。
(終)
09.7.5 脱稿