春夏秋冬〜五十の調

□朔の夜には
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爽やかな風が頬を掠めていった。

夜風の心地良さに身をゆだね、りんはそよそよと髪を遊ばせる。


今宵は朔だろうか。
月のように地に影が落ちる事は無かったが、夜空は煌々と眩い光が散りばめられていた。


「すっごい数のお星様……。空が半分こになっちゃった。」


「ん?あぁ、天の川じゃな。」


阿吽に凭れた邪見が寝ぼけ眼で夜空を仰ぐ。

ぼんやりと星を見ていたりんが、天の川?と邪見を振り返った。


「空に川があるの?邪見様。」


「そうじゃあ。星の川じゃあ。あぁ、もう乞巧奠の時期じゃな。」


目をしぱしぱさせながらパクパクと口を開く邪見へ、聞き慣れない言葉にりんは首を傾げておうむ返しをする。


「きこうでん…?」



「七夕の事じゃわい。普通は裁縫や手習いの上達を願う行事じゃが……そうじゃあ、りん!お前この機会にその減らず口が直るよう願っておけぇ。」


最早目が開かないのだろう。
邪見は今まさに眠りに落ちようとしていた。


「そんな事お願いしないもん!」


ぷぅ!と頬を膨らませたりんが邪見を睨むが、既にかの妖怪はいびきをかき出していた。



「も〜…邪見様はそのいびきが直るようにお願いすればいいのに。」


そう言って頬を膨らませながら、りんは再び視線を空へと戻す。


この空に願って、この星の川がどこに願いを届けてくれるのだろうか。


「殺生丸様は何をお願いするの?」


阿吽の背に腰を降ろしていた殺生丸だったが、あらぬ方を向いたままりんの問いに素っ気無く答えた。


「何も……。」


何も願いはしないし、何も願う必要も無い。
全ては思いのままに手中に収まる。


「そっかぁ。りんも今お願い事、無いなぁ。」


殺生丸がゆっくりと顧みれば、夜空に手を伸ばして、天の川をなぞるりんがいた。


「……欲が無いな。」


風に流されて来た黒髪を、一房手に取った。
躊躇う事なく、その艶やかな髪に口付けを落とす。

それを見たりんがにわかに赤面する。


「だって……今殺生丸様と一緒にいれるもん。」


恥ずかしさの余り、殺生丸に背を向けた。
そんなりんを、殺生丸は背後から優しく抱きすくめる。

より一層、りんの顔が染まったのが分かった。


「折角の機会だ。何か願えば良い。」


柔らかく耳元で囁いた。



「〜っ!ぅ〜………じゃあ……これからもずっと、殺生丸様といられますように……。」


ゆっくりと言葉を、夜空を流れる川に乗せる。

どこに運ばれて行くとも知らずに。




「それは………星では無く、この私が叶えてやろう……。」




流れ着いたのは、どうやらりんが願う張本人。






殺生丸はふと笑みを浮かべる。


ほら……願わずとも容易に手に入る。



だが




りんの願いは、例え幾億の星を敵に回そうとも




渡しはしない。






そう独りごちて、熱いりんの首筋に、鮮やかな誓いを立てた。






(終)

09.7.5 脱稿
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