春夏秋冬〜五十の調
□夏至のそらと
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長雨の中、人間の幼子一人抱えた一行は、思うように歩を進められず。
微かな晴れ間にゆっくりと移動する。
別段先を急ぐ道中では無かった。
長らく降り続けた雨によって、地面はだくだくと潤い、脇に流れる川は濁った泥水を勢い良く下流へと運ぶ。
今の内にとばかりに照りつける梅雨の太陽は、大地を温めなんとも蒸し暑い空気を生み出していた。
幼子は足を泥まみれにしながら歩く。
「あっ!」
「ん?なんじゃ?」
何かに目を止めたりんに釣られて、邪見も足を止めた。
「邪見様、オタマジャクシ!!」
りんが指差したのは、豪雨によって出来上がったその場限りの水溜まり。
少し抉れた地面に、たっぷりと水を湛えていた。
「大方川の増水で流されて止どまったのじゃろうなぁ。」
いずれは干上がるこの小さな水場を思い、邪見は蔑んだ目で、一匹、泳ぎ回る老い先短いであろうそれを見下す。
「ねぇ、ここはあなたの住むところじゃ無いんだよ?」
ちょこんとしゃがんでおたまじゃくしに話し掛けているりんは、前を行く殺生丸の目に酷く滑稽に映る。
……気付かぬのか。
外を知らず、ここが全てと水面をたゆたうその小さな生き物は、自身と何ら違わぬ事を…。
たった一人きりで、全くもってお前が生きるに場違いなこの妖の元。
お前はこのままその短き一生を終えるつもりか。
だがしかし、生まれたばかりの小さな命は、満足気に浅い水の中を泳いでいる。
ここが我の生きる場だと、一心に信じきって。
殺生丸はふと空を見上げた。
傾き出した太陽の方角より、ちぎれ雲が一つ、また一つと漂って来る。
彼方より生暖かい雨の香りが運ばれて来た。
暫くはまだ、生きて行けるのか……。
それも己次第……。
「……行くぞ。」
「あ、待って〜!殺生丸様ーっ!」
ぴちゃぴちゃと地面を蹴って駆けて来る幼子を、その静かな背中で受け止める。
空は再び雲に覆われていった。
(終)
09.6.11 脱稿