春夏秋冬〜五十の調

□霧桜
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あたしは歩く。

どんどん歩く。


足の裏に刺さる小さな石ころも、積もり始めた薄桃色の花びらも。

何も気にせず、歩く。




ただ前を行く、銀色だけを目指して。








奥千本、と人々に称されただけあって、人間は殆ど足を踏み入れぬ山の中。


右を見ても、左を見ても、あまつさえ天を仰ぎ見ても。

淡い色で咲き誇る桜木に、りんは眩暈を感じる。


少し風が吹けば一様に舞い散り行く花びらは、りんを埋もれさせて窒息させるのではないかと思った。




汚れを知らぬ、淡い淡い花びら。


それらに視界が閉ざされた瞬間に、先を進む妖が消えてしまうのではないかと、りんは早足で彼の後に続いた。






ごう、と風が一陣通り抜けた。




揺さぶられた小枝が、堪えられぬと勢い良く桜花を飛ばす。


目の前が真っ白になった。


銀の髪が紛れて消える。




「っ!!殺生丸さまっ!!」


あたしは勢い良く走り出す。


見えなくなった、貴方の背中を追って。




身体に纏わりつく花びらも。

足の裏に刺さる小さな石ころも。


まるで存在しない物のように。


ただ貴方だけを目指して、走り出した。




阻まれた視界の内で、どすん、と何かに勢い良くぶつかる。

身体がびっくりして、後ろに転げそうになる。




「………何をしている。」


腕をぐいと引かれ、再び前のめりになった所で肩を掴まれた。


黒髪に染み込んだ花びらを、長くて綺麗な指が気紛れに払ってくれる。




「殺生丸様…。」


きっと、泣きそうな顔してる。

それでも必死に殺生丸様の袖を握り締めた。

桜に、貴方が奪われてしまいそうで怖かった。




殺生丸様は少し訝しげに目を細めてあたしを見つめた後、あたしの肩越しに今来た道を眺める。


「………お前は、桜までをも染め上げてしまうのか…。」




貴方が痛々しく顔をしかめたから、驚いて後ろを振り返った。




ふわり、ふわり。

淡い淡い桜の花びら。

優しく優しく降り積もった、その上に。


じわり、じわり。


深紅に滲む花びらが、点々と続いていた。




「あ………。」


はたと思い当たって、そっと足の裏を見やる。


真っ赤に染まった花びらが、じっとりと張り付いていた。



「…馬鹿な事を……。」


そう言って、殺生丸様はいとも容易くあたしを抱き上げる。




ひらひら、ひらひら。


再び桜が二人を景色へと溶け込ませた。




―――そっか…、二人で紛れてしまえば良いんだ……。


そうすれば、貴方は私の物。




あたしは、触れ合う身体にしっかりとしがみついた。






降り積もる花びら

汚れを知らぬ、淡い淡い桜の上に

ポタリ




また紅い雫が染み込んで行く。






(終)

09.4.8 脱稿
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