小説

□そっと肌に触れて
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 パチンッ


「痛っ!
 邪見さま、いきなりなに?!」


 りんは突然叩かれた素足を手で擦り、邪見に不満げな表情を見せた。なんで突然。そんなふうに邪見は視線だけでも攻められる。


「ちっ!逃げおったわい」


 しかしそんなことはものともせずに、邪見は独り言を呟く。りんが一人でぷんすかしていると、邪見が続けた。


「蚊がいただけじゃっ!
 何か文句あるのか?」


「また?
 ん、本当だ、痒くなってきた」


 もう夏も終わってしまうというのに、まだ血に飢えた蚊がうろついているという曖昧な時期。


 だんだん日照時間も短くなりつつあり、涼しさも増してきているにも関わらず、彼らは人間が動かない一瞬の隙を狙ってはたらふくに血を吸い取っていくのだから、たまったものではない。


 もっとも、妖怪である殺生丸と邪見は人間であるりんに知り合わなければ蚊の存在自体知らなかったかもしれないが。


 川原にある大きめの岩に腰掛けてせせらぎに足を少し浸らせていたりんは、腫れた部分を手でなぞりながら邪見の方を向いた。


「邪見さま、次は刺される前に気付いてね」


「お前も少しは努力せんか!」


 それが、りんの命を最優先させている邪見はりんが蚊に刺される程度の事にも気を配るようになってしまったらしい。


「してるよっ。
 ほら、足ぶらぶら〜」


 ぴちゃぴちゃと音のするさまは、まだ夏の名残で涼しげに聞こえる。


 かの妖怪が、いつからここまで人間過保護になってしまったのやら。


 当の本人は少女と従者のお喋りを聞きながら、木陰で秋の始まりを感じていた。


 風は冷たく、心地よい。


 あとは問題の蚊たちがいなくなれば人間にとっては住心地のよい環境が整うのだが、大自然はそんな人間の都合など受け付けていない。


「あーあ。掻いたとこ赤くなっちゃった」


 限度を知らない少女は無意識に自分の体を傷付けていた。


「馬鹿者。」


「邪見さまひどーい。
 本当にひどいのは蚊だけど」


 それでも痒いものは痒いんだからしょうがないじゃない。蚊のせいだもんっ、りんは悪くないもん。


「むやみやたらに掻くなよ。
 それくらい我慢せいっ!」


 またもやりんの身体の心配をする邪見。もう、本当にお節介なんだから。だけど、そんな邪見さまも優しくて暖かい。


 なんだか、家族みたいだね。


「分かりましたー。」


「語尾を伸ばすな!」


「えへへ。心配してくれてありがとう。」


 知ってるか?本当に心配性なのはわしじゃないぞ?わしは殺生丸さまに言われる前に言ってるだけなんじゃからな。


 殺生丸さまにわざわざ言わせるなんて、従者として落ちぶれておる。だから世話焼いてやってるんじゃ。感謝しろよ、馬鹿者。


 ―――水面が揺らめいて、さらさらと流れていく。
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