文書壱
□白梅夢(2)
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土方が立ち上がろうとしたときだった。近藤が突然まぶたを開いた。
あわてて土方は言い訳をしようとするが、上手い言葉が出てこない。
そうしているうち、近藤は驚くほどの速さで上半身を起こすと、土方を押し倒した。
「ちょっ……、近藤さん?!」
何が起こったのか理解できず、土方は完全にそのごつい体に組み敷かれていた。
明かりのついていない部屋の中で、視界がさらに暗くなる。すぐ前に近藤の顔があり、唇にふれるものがあった。
一瞬の間をおいて、それが近藤の唇であることに気づく。
その刹那、土方の中で、何かが切れる音がした。
膝で近藤のわき腹を蹴ってむりやりその体をどかすと、土方は「ふざけんな!!」と叫んでいた。
腹を押さえて驚愕の表情を浮かべる近藤に、土方は続けた。
「いい加減にしろ!俺は男だ。あんたの好きなお妙さんでもなんでもねぇよ!!」
それだけを言うと、土方は障子を倒しそうな勢いで押し開け、静まり返っていた廊下を全速力で走った。
部屋を出る瞬間、近藤の唇が「トシ」と動いたのが見えた。
どこでもいい、どこか遠くへ。とにかく近藤に追いつかれたくない。土方は眠りに落ちた街を、ひたすらに走った。
まるでそこだけが、夜の世界から切り離されているようだった。
土方は自分を包む白い花弁にふれた。
(なんでこんな所へ来てんだ)
近藤から逃げたくて走ってきたはずだったのに。
脳に酸素が行きわたるにつれ、後悔の念がわき上がってくる。
梅の花の香りに、あたりの空気が染められていた。あの時と同じように、何十本と植えられた梅の花が、今まさに咲き乱れていた。