文書弐

□Nocturne 夜想曲 *
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(眠れねぇ……)
 普段の寝付きは、かなりいい方だと思うのだが。今夜は妙に目が冴えていた。
 暗い部屋の中、一秒を刻む時計の音だけがやけに大きく響いている。少し開けておいた障子の隙間からはずっと虫の声が聞こえてきているが、あたりは静かだ。まるで自分一人だけが夜の世界から取り残されているようだった。
 眠ろうと考えれば考えるほど、睡魔は遠退いていく。近藤は仕方なく起き上がると、手提げの行灯に火を入れた。
「素振りでもしてくるか」
 ぽつりと独りごちると、寝巻きを脱ぎ、いつもの稽古着に着替える。
(緊張してんのかな)
 明日は近藤にとって重要な日。親友と義兄弟の契りを交わすための酒宴が行われる。酒宴、とは言っても親族が集まっての食事会にすぎないが。
 そっと障子を開けると、足音を殺しながら廊下に出る。道場までの短い道のりを、忍び足で歩いていく。
 そう遠くない所までやって来て、近藤は道場の戸が開いていることに気づいた。そして開け放たれた扉の横には、見慣れた黒い着物。
「どうした?こんな時間に」
 歩み寄る近藤に目をやりながら、土方は小さく笑みを浮かべる。
「いや……。なんか眠れなくてさ。あんたこそどうした?」
「ははは、俺もちょうど眠れなかったところだ」
 明日義兄弟の契りを結ぶ相手も、自分と同じように眠れずにいる。そんな些細な事実が近藤には嬉しかった。
「なんだ、緊張してんのか?」
 行灯を置き隣に座ると、からかうように尋ねてみる。
「別にそんなんじゃねぇ。ただ、月が……」
 そう言って、土方は空を見上げた。
「月?」
「ああ」
 近藤もそれにならう。紺碧の空には、満月から少し離れた銀色の月。仄白い光が闇を浮かび上がらせている。
 うなずきながら、土方は穏やかな表情を浮かべている。初めて出会った時、ひたすら喧嘩に明け暮れていた頃からは考えられないような顔だった。
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