文書壱

□Mal d'amour(3)
1ページ/4ページ

 感じていたのは罪悪感。
 彼はいつだって優しかった。その瞳も、その声も、その手も。だから『副長』でしかない自分を、申し訳ないと思った。
 しかし同時に、時折彼の瞳に映る俺ではない俺の姿に、言いようのない感覚が押し寄せることも確かだった。
 俺は置いてあった煙草に手をのばす。火をつけると、ゆっくりとその煙を吸い込んだ。
(どうせなら禁煙できりゃよかったのに)
 ふとそんなくだらないことを思う。記憶をなくすなら、煙草を吸っていた記憶がなくなっていればよかったのに、とため息をつく。もはや一種の病気だ。禁煙を試みたことはあったのだが、そのたびに挫折した。いらないと頭ではわかっているのに、結局体が求めてしまう。
 時計を見て、もう一時間近くぼんやりと考え事をしていたことに気付く。
 彼の所へ行くべきか否か。聞きたいことがあるなら直接彼に聞いてみろと沖田に言われた。だが未だ決断できずに時間だけが過ぎてゆく。
 灰皿はいつの間にかいっぱいになっていて、落とした灰が外にこぼれそうになった。
『逃げるな』
 沖田の言った言葉が耳の奥によみがえる。
(逃げてるわけじゃねぇ)
 ただわからないだけ。あの人とどう接していいのか。今の俺が、あの人の隣にいても許されるのかどうか。
 彼のことを知りたい。彼とのつながりを知りたい。その気持ちは簡単に止められるものではなかった。
(これだけ吸い終わったら)
 何度目になるのかわからない決意をして、俺は紫煙を吐き出した。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ