文書壱

□白梅夢(3)
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「トシ!!」
 自分の名を呼ぶ聞きなれた声に、土方は顔を上げた。
(嘘だ、あの足で……?)
 見上げた先には、近藤が肩で息をしながら立っていた。包帯を巻いた右足を引きずり、近藤は土方に歩み寄った。
 土方は立ち上がる。今すぐ駆け寄ってその体を支えてやりたい。だがその衝動を抑えこんだ。
「トシ?」
 立ち上がったまま動かない土方を見つめ、近藤もそれ以上動こうとはしない。簡単には止められない涙が、まだ土方の漆黒の瞳を濡らしていた。
 月と星の光しか頼るもののない闇の中で、土方がどんな表情をしているのか、おそらく近藤には見えていないだろう。それでも近藤は尋ねた。
「トシ――泣いてるのか?」
 どうしてこの人には、すべて分かってしまうのか。
「ごめんな、あんなことして。本当にすまないと思ってる」
 苦く吐き出された謝罪に、土方はどうにか言葉を返す。泣いていることはばれていても、声が震えることなどないようにできるかぎり強がってみる。
「真選組の局長が、そんな簡単に頭下げてどうすんだ。それに別に俺は怒っちゃいねぇよ」
 その言葉に偽りはない。さらにこみ上げてくる涙に、土方は近藤に背を向ける。
 確かに腹が立った。だがそれは近藤の行為に対してというより、誰かに間違われたことに対してだった。
 しかし屯所を飛び出してしまったのは、それよりも近藤が夢に見ていた「誰か」への嫉妬心ゆえだ。むしろそれは、敗北感とでもいうのだろうか。
 今はまだ、近藤と会って話せるような状態ではない。もちろんこれ以上行く当てもなく、それでも土方は歩き出した。
 だが一瞬のうちに、手首を掴まれる。
「離せよ」
 抵抗するが近藤の力にはかなわず、逆に引き寄せられた。間近でみた近藤の頬は赤く上気し、普段のおどけた表情はどこにも見当たらない。
「トシ、俺は……」
 戦の折りにしか見せない何もかも見透かす瞳が、土方を射抜いている。それに引き込まれかけて、土方はすんでの所で顔を背けた。
「近藤さん」
 言葉を続けようとした近藤を制し、土方は彼の名を呼んだ。近藤の手を振りほどき、再び背を向ける。
「夜が明けたら、ちゃんと鬼の副長に戻るからさ……。だから少しだけ、俺の、土方十四郎の戯れ言に付き合ってくれるか?」
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