文書壱
□雨
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雨は、嫌いじゃない。
ただしそれは、ちゃんとそれを予測していて、傘を持っていれば、の話で。
「どうするかなァ……」
いささか成長しすぎた感のある体を縮め、とうてい空から落ちてくる水滴を防げるとも思えない雑誌を頭の上に乗せて、屋根の下に入りはしたのだが。
今日は久しぶりの非番で、暇つぶしに一人で映画を見に行った。映画館に入ったころは、まちがいなく晴天だったはずだ。
だが映画を見終えて外に出てみると、ぱらぱらと小雨がこぼれている。
まぁこのくらいならすぐに止むだろう、と思いそのまま屯所に向かったのだが、その読みはことごとく外れてしまったらしい。
周りを見渡せば、道行く人々は、皆その手に傘を持っている。ということは天気予報でも見ていれば、雨を事前に予測できたのだろうか。だがあいにく今日はお天気お姉さんの顔を見ていない。
近藤は自分の準備の悪さを嘆いた。
傘を買いに走ってもかまわないのだが、その間に濡れてしまうことを考えると、ふとこのまま屯所まで走って帰っても、そんなに大差はないのではないかと思う。
(ずぶ濡れで帰ったら、またトシに怒られそうだ)
真選組鬼の副長と呼ばれる幼なじみの、眉間にしわを寄せて紫煙を吐き出す姿が、簡単に想像できた。
バスかタクシーを使うという手もあるにはあるのだが、この水も滴るいい男状態で、というのはどうにも忍びない。
「しかたねぇな」
結局屯所まで走ろうと決め、持っていた雑誌を頭の上に乗せなおした。
丈夫さだけがとりえだ。このくらいで風邪をひくこともないだろう。
近藤はさらに強くなった雨の中へ駆け出した。
走るたびに足元で泥が跳ねる。着流しのすそが足にまとわりついてきて、どうにも走りにくい。
帰ったら絶対、親友から説教をくらうだろう。
(『何やってんだよ』って言われるだろうなー)
頭皮を伝い落ちた雨水が目に入り、無意識にまぶたを閉じる。思い切り首を左右に振ると、水滴が散った。顔を手のひらでぬぐってようやくまぶたを開く。
少し先に、見なれた黒い人影があった。ちゃんと傘を差している。
「何やってんだよ、傘も持たずに」
近藤がためらうことなくその傘の中に滑りこむと、一番聞きなれた声が、予想通りの言葉をつむいだ。