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□真実は小説より奇なり
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「銀さん、これ、知ってますか?」

昼過ぎに訪れた志村邸でお妙から差し出されたソレは、なんだかとてもぶ厚い紙の束だった。

******

「なにこれ」

差し出された紙の束をペラペラとめくってみると中身は小説のようだった。
パラパラ漫画とか書いたらけっこうな作品になりそうなページ数に読む気はさらさらない。

「昨日玄関の前に落ちてたんです」

「それって落し物?」

「たぶん違うと思いますよ。だってこれ、銀さんのことが書いてあるんですもの」

それまでペラペラとめくっていた手がぴたりと止まった。
え?俺?

「それに、読むとわかりますけど恋愛小説みたいですよ」

どん、と俺の目の前に湯呑み茶碗が置かれ(いや、叩きつけられ)お妙のほうへ視線を送ればやたらと綺

麗に微笑んでいた。

これは、ヤバい。怒っているときのお妙は大概こんな風に綺麗に笑うんだ。

「相手は猿飛さんですって。ずいぶんラブラブなんですね?」

「いやいやいや。ありえないからね?さっちゃんが相手って時点でそれは妄想の産物でしょ?」

「違うかもしれませんし」

にっこり。まさにその表現が当てはまる。
その笑顔が怖いんですけど、お姉さん。

「ずいぶん事こまかに書かれているんですよ。…ほら、このページを見てくださいな」

ぐきっ、と首から変な音がした気がする。

「いでっ!」

「ここ、読んでみてください」

ぐりぐりと紙に頬をこすりつけられて文字なんか読めるわけがない。

「ほら、…“銀色の髪をした彼の人は私にこう言った。「一番好きなのはお前だよ」と。今まで決して彼からは近づいてこなかったのに一歩、また一歩と私へ歩み寄る。ふわり、甘い香りが届いたと思ったら彼は私を抱きしめていたのだ。「銀、さん?」戸惑う私をよそに彼は強く抱きしめた。「ごめんな、今まで冷たくして。本当はずっとこうしたかった」少し緩んだ腕に顔をあげると彼は優しく微笑んで、「さっちゃん」今までで一番優しく私の名前を呼んだ。ゆっくりと降りてくる口唇に私は瞳を閉じた。”」

「思いっきり妄想じゃねえかよ!」

未だ頭を押さえつけていたお妙の手を振り払って顔を上げればさっきまでの笑顔は消え、無表情のお妙がいた。

「…覚えていないんですね、銀さん」

「え、何…」

「いいです、もう」

何がいいんだ。今にも泣きそうな顔に変わったお妙に触れようと手を伸ばしてもすい、とかわされる。
仕方なしに他のページをめくって興味はないが読んでみた。

出会いからお互いの気持ちに気づくまで、思いが通じ合ってからの日々、よくもまあこんなに妄想できるもんだと感心したところでふと気づいた。

なんか、このシチュエーション、どっかで見たことあるような気が…。

「これって、俺とお妙のこと?」

多少の脚色はあるものの、告白シーンやらデートシーンやら、覚えのあるものばかりだ。
何でさっき気付かなかったのだろう。
あぁ、だからお妙は…。

「見られてた、ってことか」

「…いつもどこかから見ているんだわ。こんなに細かく」

怒っていたのではなくて、恥ずかしかったのか。
あんとき言ったこっ恥ずかしいセリフも行動もすべて覗かれていたのだと思うと穴があったら入りたい。

むしろ埋めてくれ。

「なんで私にこんなものを見せたかったのか理解に苦しむわ」

そのとき、頬を赤く染めて呟くお妙の真上(もちろん天井裏)に気配を感じた。
…今はそこにいるわけね。

「お妙ぇ、いいじゃん。逆によ、見せつけてやればいいと思うわけ」

「私にそんな趣味はありません」

「俺は他の奴らにも見せてやりてえよ?ゴリラやマヨに見せつけてやれば少しは牽制になるかもしんねえじゃん」

「ゴリラはわかりますけど、どうして土方さんまで」

「お妙は知らなくていいよ」

よ、と机を挟んで向かいあっていたお妙の横へ座りなおしてさりげなく髪に触れる。

さらりと流れる髪の毛からは甘いシャンプーの香りがした。
すい、と簪を抜けば纏まっていた髪の毛は肩まで落ちて。
天井へ視線を送りながらその黒髪に口づけた。

“そこで見てれば?”

天井裏にいるさっちゃんへ口だけ動かして笑みを浮かべる。

「ぎ、銀さん?」

「ん?」

「ちょ、何を…」

解いた髪の毛に口づけながら帯紐へと手をやれば途端にあがる声。
それすらも俺を煽る材料になる。

「お妙の声、そそる」

「何言って、る…」

そそるけどあんまり拒絶の言葉は聞きたくないからそのまま口づけて封じてしまえ。
わざとぴちゃぴちゃと音を立ててやれば天井裏からきしりと小さな音が聞こえた。
まあ、お妙は聞こえちゃいないだろうけど。

「は…、もう銀さん…」

潤んだ瞳で言われてももう止まらない。
さっきまではさっちゃんに見せつけてやろうと思ってただけなんだけど、どうにもスイッチが入っちゃったみたい、俺。

「どうして欲しい、お妙」

「…どうしてって…」

言いながらも耳朶を軽く噛んでみたり着物の上から触れてみたり。
卑怯なんだよ、俺は。
自分から言い出して拒絶されるのが嫌だから相手に委ねる。
嫌だ、やめて、なんて言わせない。

「言わないとやめるよ?」

「銀さんの馬鹿…」

小さく呟いて、俺を引き寄せた。

「ん、素直でよろしい」

さっちゃん、残念だけどお前じゃ俺は物足りない。
俺の言うことなんで聞く素直な人形はいらないんだよ。
俺が欲しいのは、いつもは強気でSっ気満載で人に甘えるのが苦手なツンだけどここぞというときにだけデレになる、そんな女がいいんだ。
今はもう流行らないって?
んなもんいいんだって。
全部言い訳だし。

俺はお妙だけが欲しいんだから。


fin

20081202

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