その他版権小説

□僕の妹がこんなに病んでるわけがない
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亞里亞
【人形遊び】

***


亞里亞さまが我儘を言わなくなり数週間が過ぎた。
しかしそれは教育の成果でも成長の結果でもなく、私の賢明な考えと懸命な行動によって成し得た作為的な誘導によるものである。
私はまだ足場を作っただけにしか過ぎない。全てはこれからだ。
これから。
これから。

亞里亞さまがおとなしく言う事を聞いてくれている間に、出来る限り彼女を淑女に仕立て上げなければならない。
それが私の役割なのだから。

ゴーン・・・・・・
ゴーン・・・・・・

などと考えていると、柱時計が三時を告げた。

お薬とお勉強の、時間だ。


***

「・・・・・・」

亞里亞さまの部屋に入ると兄やさまが四つん這いをしており、そしてその背に亞里亞さまがまたがっていた。

「じいや〜見て見て〜」

「これは――お馬さんごっこですか?」

「・・・・・・うふふ。そうなの〜。兄やがぱっかぱっかするの〜」

私の言葉に上機嫌で答える亞里亞さま。

兄やさまの方は私を気にする様子もなく、それ以前に私に気付いた様子もなく、ただもそもそと、床を這っている。
時折、筋肉が緩むせいか、ガクッと腰が落ちたりもしているが、亞里亞さまは怖がるどころかその都度キャッキャッと笑う――

全く、呑気な少女である。

世間から隔離されて育ったとは言え、今自分の兄がどんな状況下に置かれているのかすら解っていない。
まあ、解らなくても問題はないが。勉学やマナーさえ解ってさえいてくれればそれで良いが。

「じいやも、兄やに乗る〜?」

「いえ、遠慮しておきます」

不本意ながら、亞里亞さまは私の視線を何か勘違いしたようだ。
それはさておき。

「亞里亞さま。もうお馬さんごっこはおしまいです。今からはお勉強とお薬の時間ですよ」

私は薬と道具が入ったおぼんを床に置き、パンパンと両手を打った。

「いやいやいや〜・・・・・・。亞里亞、もっと兄やと遊びたいの〜・・・・・・」

言って――いつもなら、数週間前なら、ここで亞里亞さまは泣くかすねるかの手の妬ける行動を起こすのだが、今は違う。
私は満面の笑みでこう切り返せる。

「お勉強が終わったらまたお遊びになったらよろしいじゃないですか。
兄やさまはずっとこの家におられるのですから」

「う〜・・・・・・」

「我儘を言うなら、兄やさまにはお家に帰って頂きますよ?」

「それはだめ〜。亞里亞、兄やと一緒がいい〜。だから、亞里亞ちゃんと勉強する〜」

子供には理屈より脅しの方が効くようで。

「それなら、机に座って、準備をしながら待っていてください」

「は〜い」

亞里亞さまは素直に頷くと、兄やさまに止まるよう言い、その背から腰を上げた。
兄やさまの方はというと、四つん這いで静止こそしているものの、だらしなく開いた口からはよだれが止まることなくぼたぼたと流れ落ちている。

「――さて。兄やさまはお薬の時間ですわね」

私は言いながら兄やさまを床に座らせると、次いで腕の袖をまくった。
兄やさまは何の抵抗もしない、正に廃人。生ける屍。

その焦点の合わない目は一体どこを見ているのだろう。
それでも私は構わず一人ごちる。

「・・・・・・兄やさま。私、感謝しているんですよ?
兄やさまのおかげで、亞里亞さまは聞きわけのよいこになりましたから。
ああでも――いずれ私が兄やさまにした仕打を理解するようになれば、亞里亞さまはさぞや私のことを恨むのでしょうね。・・・・・・ま、構いませんけど」

私は私の役目を果たすのみですわ。

言って、私はずぶりと注射器を兄やさまの腕に打ち込んだ。
その瞬間、兄やさまの血管がピクピクと跳ねた。


***


メイドの後ろで少女は笑う。

三日月のように目元を歪ませ。
三日月のように唇を歪ませ。

しっかりと兄を見据えたまま、少女は確かに笑っていた。



終わり
→次の妹の話
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