その他版権小説
□僕の妹がこんなに病んでるわけがない
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白雪
【おいしいお弁当】
***
生きたままの魚をまな板の上に寝かす。
バタバタと暴れられるのは困るけれど、
「粋のいい証拠ですの」
言って、白雪は笑顔で魚の腹に包丁を当てる。
「うふふ。おいしそうですの」
切り開かれた体から、どろりと粘液にまみれた臓器が流れ出、台所に漂っていた生臭さに一段と深い濃さが増す。
それでも、白雪は笑みを崩さない。
鼻唄まじりで魚の体内に指を入れ、残りの臓器の掻き出しにかかる。
料理慣れした白雪にとって、食材は食材でしかないのだ。
「ふふふ。今日のお弁当も、にいさまが喜んで食べてくれたら、嬉しいですの」
いつもおいしいと言って、姫のお弁当を残さず食べてくれるにいさま――
生きた魚を生きたままさばきながら、白雪は最愛の兄に想いをはせる。
「ああ、早く今日のお弁当も、食べてもらいたいですの」
***
いつもは叶う、白雪の願い。
いつもなら叶う、白雪の願い。
兄に、自分の作ったお弁当を食べてもらうという、願うほどでもない願い。
だが今日は、叶わなかった。
「たか美!お前・・・・・・!!」
「この弁当、なかなか美味かったぜ?」
少し目を離した隙だった。
兄の同級生である村沢たか美が、白雪のお手製弁当を盗み食いしてしまったのだ。
「えーん、にいさま〜、お弁当箱、空っぽですの!」
自分のお小遣いは全て兄の料理のために使い果たし、自分の時間も全て兄の料理のために使い尽している白雪は、ショックを隠し切れず涙ながらに兄にすがる。
「うう、昨日のお弁当、明日のお弁当、それを踏まえた上でのにいさまの健康を考えての、今日のお弁当のメニューですのに〜!」
「白雪、せっかく作ってくれたのに・・・・・・ごめんね?」
白雪の憤りにしゅん――と眉を垂れさせ、悲しげに謝る兄。
そこで我に返った白雪は、慌てて首を振った。
「そそそそんな!にいさまは悪くないですの!悪いのはあの男ですの!」
言って、白雪は愚痴を言ったことで兄の気持ちを沈ませてしまったことに反省し、
「姫、明日のお弁当は今日以上にすんご〜くおいしいものを作るんですの!にいさま、期待して待っててですの!」
と、ウィンク片目に元気よく宣言を放った。
「へー、どんなお弁当か楽しみだな」
白雪の笑顔を見た兄も、連られてにへらと微笑みを返す。
その笑顔に、
いや〜んですの!
白雪は空元気から本当の元気を取り戻し、びしっと兄に人指し指を突きつける。
「むふん、明日のにいさまのお弁当は、肉料理に決定ですの!
だって、今日の分の栄養を補ってもらわなくっちゃいけませんもの!」
「はは、でもあまり無理はしないでね」
キーンコーンカーンコーン
と。
兄が明日の弁当のことで張り切っている白雪に圧倒されていると、お昼休み終了十分前のチャイムが校庭に響いた。
「あら。もう時間ですの?それではにいさま、また明日ですの!」
白雪はチャイムに背を押されるよう、慌てて自分の校舎へと駆けて行く。
その背中に、
「・・・・・・ありがとな、白雪」
いつも美味しくてボリュームいっぱいのお弁当を作ってくれる白雪。
兄はその気遣いと空腹を感じながら、白雪が完全に消えるまでその背中を見送っていた。
***
白雪はまだ子供だが、しかしながら、料理の腕前は大人顔負け。
そんな彼女の家には、一般家庭には見られない調理器具がところ狭しと並べてある。
もっとも――使われる側からすれば、それは恐ろしい拷問道具でしかないのだけれど。
「ふふふ。この包丁を使うのは久しぶりですの」
白雪がそう言って手に取ったのは、およそ包丁とは言えない代物。
以前、ワニの肉を解体する時に使った、暴力的で荒々しいいでたちの刃物である。
白雪はそれを愛しく両手で持ち直すと、台所ではなく風呂場へと向かった。
「お待たせですの」
食材は、ガムテープでぐるぐる巻きにされた体で必死にもがく。
逃げようとしているのか、抵抗しようとしているのか、どちらとも見当がつかないミノ虫のような焦れったい動き。
その上下に身悶えする腹に、白雪は冷たい刃を垂直に突き立て、横にぐにぐにと引いていく。
魚を解体した時と同じく、笑顔を崩さず、鼻唄まじりで。
食材は、切創が進むにつれ痙攣が増え、口に詰め込まれた雑巾は、悲鳴を吸い込み細かく振動している。
「ふふ。食費が浮いて良かったですの。姫、今月のおこづかいが実はピンチでしたのよ?」
まだ生暖かい腸をずるずると引きずり出し、白雪は、赤く、赤く染まっていく。
「むふん。おいしそうですの」
白雪にとって、食材は食材でしかない。
***
「白雪、これおいしいよ!」
「そう言ってもらえると嬉しいですの」
白雪は両手を頬に当てがい、照れながら笑う。
「にいさま。今日は邪魔する奴もいないから、ゆっくり食べてくださいませですの」
「あれ?よくたか美が今日は休みだって知ってたね」
「もちろんですの。にいさまのことも、にいさまの周りのことも、全部余すことなく知り尽しているのが、妹のたしなみですのよ?」
「・・・・・・世間一般的に、それ、妹じゃなくて、お嫁さんの役割だと思うけど――」
「いや〜ん、にいさまったら〜!でも姫、にいさまの元にだったら、いつでもお嫁さんに行っちゃうんですの!」
そう意味で言ったわけじゃないんだけどね・・・・・・と、兄は苦笑気味に呟いたが、白雪の耳に届くことはなかった。
そして、
「あ、兄さま。もし今度の日曜日に先約がなければ、姫のエプロンを一緒に買いに行ってもらいたいのですけれど・・・・・・」
「え?ああ、日曜日なら大丈夫って・・・・・・あれ?今のエプロンって買ったばっかりじゃなかったけ?」
「ええ。でも、血まみれになってしまったんですの」
兄がその血と、今日食べた肉の正体を知るのは、数日後の話となる。
終わり
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