創作
□鉛筆と鉛筆削り
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ひたすら僕は侵される。
代わる代わる鉛筆達に。
穴を木屑でいっぱいに埋められ。
僕は侵される。
***
口に出したところでどうにもならないことは口には出さない。
という、考えも口には出さない。
所詮、自分の考えは自分の考えだからこそ輝き、他人の耳には僕の考えなどクズ同然なのだろうと。思うし、そう思う僕の第一の思想は、考えていることや考えたことを語らないことと定めている。
けど、例外もある。
「――いっそ、セックス無しじゃ生きられないくらいの色欲魔だったら良かったのに」
「お前ねー・・・・・・」
僕の言葉に呆れたような表情を見せた鉛筆は、笑顔のままため息を吐いた。
この鉛筆は、どんな時も何を言っても笑顔を崩さないから、ついつい僕は口を滑らせてしまう。余計なことを言ってしまう。余計な考えが、膿まれてしまう。
「どうして僕は不感症なんだろう」
「鉛筆削りはその時何を感じてるの?」
「暇だなーって。早く終われって思ってる」
「それは感情じゃなく感想だね」
「同じことだろ?」
「違うよ」
そう否定して、鉛筆はやんわりと笑った。
「鉛筆削り、君には穴が空いているんだね」
「何を今更――その穴を毎回使っているうえに、つーか、今しがた使いやがったのはどこのどいつだよ」
「ああ、いや、その開いた穴じゃなくて」
こっちだよ。と、鉛筆は僕の胸を指差し言った。
「欠落とか、そういうんじゃないよね」
最初から無いんだよね。
最後まで無いんだろうね。
無くて合っているものに無いって言うのも、おかしな話だよね。
畳み掛けるように、でも笑顔で鉛筆は言う。
「体だけじゃなく、全部が不感症なんだよね。鉛筆削りは」
突き放すような物言い。そのくせ、ぎゅっと強く僕を抱きしめる。
最初に出会った頃より随分と小さくなった鉛筆。
お別れの時は近いのかもしれない。
「鉛筆削り」
「うん?」
「鉛筆削りの体が不感症で良かった。他の鉛筆によがる君を見なくて済むから。鉛筆削りの心が不感症で良かった。
他の鉛筆を好きになる君を見なくて済むから」
ごめんね。そんなことを思ってしまう俺でごめんね。と、鉛筆は囁いて、
「別にいいよ」
背中に回す腕を鉛筆は離してくれないから、僕は抱き締められたまま壁を見て答える。
「救われない鉛筆削りに救われる俺でごめんね」
「救うとか救われないとか、僕は別に何も困ってないし。
それにそんなに謝らなくても、僕は鉛筆のことを嫌いにならないよ。好きにもならないけれど」
僕は誰も嫌いになれない。僕は誰も好きになれない。僕は誰も
「ああ、知ってる。その他大勢。数ある鉛筆の中の一つの鉛筆。それでいいよ。俺にとって鉛筆削りはたった一人で独り。俺はそこに意味を見い出せるから」
鉛筆は僕を拘束していた腕をほどき、また謝った。
「ごめんね」
救ってあげられなくて、ごめんね。
「救いなんていらないよ」
真っ直ぐに見つめあい、僕は鉛筆に言った。
「神様にでもなったつもりなの?」
いい加減にしてもらいたくて、続けて皮肉も言った。
それでもやっぱり。鉛筆は笑顔のままだった。
***
それからこの鉛筆はいなくなったけど、代わる代わる次々に、新しい鉛筆が僕を侵す。
ああ。暇だ暇だ暇だ。
頭の中の神経を暇だに集中させ、今日も僕は。
僕は心も不感症なんだ。
だから何も感じない。
感じないから救いを必要ともしない。
そう、思って。
そう、思わせて。
そう、思わせていて。
そう思っていよう。
口に出したところでどうにもならないことは口に出さない代わりに、不正解を正解にして心を騙し黙らせるんだ。
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