創作

□過剰長女
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家庭用電気コードの先を剥いて木の板に張り付ける。

これで電源を入れれば、即席スタンガンの出来上がり。


「――弐子姉。それで何をするの?」

「私は何もしないわよ」

弐子姉はつまらなそう言うと、スタンガンを僕の前のテーブル上に置き、髪を乱暴に掻き上げた。

弐子姉の鋭いつり目がもろに露になる。
僕はこの目が苦手だ。
なので慌てて視線を外す。

「ねえ」

「な、何?」

弐子姉はソファに座っている僕の隣に蛇のように腰を落とし、話を続ける。

「あんた、いつまで引きこもってだらだらだらだらしてるつもりなの?」

「・・・・・・もうちょっとオブラートに包んで言ってよ」

「紙に包んだって甘い味になるわけじゃないんだから。味気ない言葉なんて意味がないわ」

弐子姉は僕の髪を指先で摘んでは離すを繰り返す。

「で、どうなの?生きるの?死ぬの?」

「いつの間にそんな極端で狂暴な選択肢に変わってるんだよ。話は学校行くか行かないかだったろ・・・・・・」

「諸業無常。あらゆるものは変化していくものよ。あんたの髪も大分伸びたわ。止まっているのはあんたの内面だけのようね」

「僕の何が解るんだよ」

「何もかもよ」

弐子姉は笑わない表情のまま、チロリと赤い舌を見せて言った。

「私は引きこもりがいけないとは言わない。引きこもりたいなら引きこもりなさい。全力で引きこもりなさい。
だけど今のあんたは引きこもりを躊躇している。迷っている。不安になっている。気付いている。
このまま引きこもって将来どうなるんだろうって。
――さあどうするの?
悩みを抱えたまま引きこもり、内側から腐っていく?悩みを解消させて引きこもって外側から腐っていく?引きこもりをやめる?
死ぬ?
私の目的は四つのうちどれか。
あんたの選択肢も四つのうちどれか。
さあ、どうするの?」

「・・・・・・できれば悩みを解消させて、引きこもりたい」

僕の願いは他人と関わらないことで自分のコミュニケーション力の無さを認識しないですむよう引きこもることだ。
しかし、弐子姉の言う通り、最近将来の生活資金がどうなるかが不安になってきたのもまた事実。

不安は心の重りになる。
体の中心にずしっと、重たい石を抱えるようだ。

まさか心の平安のために引きこもっていたのに、引きこもり自体が心の平安を掻き乱す原因になろうとは――

僕は悩みなく安心して引きこもりたい。

我ながら情けない脆弱な願い。

「あんたは自分に正直ね。悩みを解消させて引きこもりたいのね。
それじゃあ弐子姉さんがスパッと解決!スパッと完結!してあげる。
あんたでもなれる仕事。
請負殺人業なら許認可が必要ないから自己申告でOK!思い立ったらあなたも今から隣のヒットマン!
これでどうよ?」

「弟に殺人進めんなよ!」

「あんたが訊いたんじゃない。私はただ答えるだけ」

「小学校卒業できなくても、小説家とか芸能人とか、なれるなれないは別としてもっといろいろ職業はあるだろ」

「なれるなれないは別として、あんたはなりたいモノがあるの?」

弐子姉の青いビー玉みたいな生気のない目で問われ、僕はしばし考える。

なりたいもの。
それは悩みのない引きこもり。
それが無理だとしたら――

「喜一兄みたいな絵描きとか・・・・・・?」

「あんたは喜一兄にはなれないし、他の誰にもなれやしないわ。
あんたが絵描きになったら、あんたはあんたの絵描きになるの。想像できる?喜一兄のような絵描きじゃなくて、自分の絵描き姿を。いい?私はなりたいものを訊いたのよ?
当てずっぽうじゃなく、ビィジョンに見える姿を言ってごらんなさい」

「・・・・・・悩みのない引きこもりになりたい」

ループになる答えだと解っていても、これ以外答えが見付からない。

「そう。さっき職業解決案としてのヒットマンは嫌がられたし――なら、両足切断して障害者になって国からの援助金で生活はどう?両足がなければ、引きこもりを自分の中で正当化できるし、一石二鳥!」

「だから弟に何進めてんだよ!」

「言葉はタダよ。だから私は言うの。
本気で引きこもりたいなら、本気で引きこもりなさい。それが嫌なら動きなさい。
あのねえ、タダだからって何度も同じことを言わせないで頂戴」

「人殺しも足を切るのも、将来を心配しながら引きこもるのも、だからと言って、引きこもりを止めるのも嫌だよ。他に方法はないの?」

「じゃあ死になさい」

弐子姉は即席スタンガンを顎で差した。

「それを頭か心臓につけなさい」

「死にたくない」

「そう」

「でも生きていたいってわけでもない」

「そう」

弐子姉はスタンガンを分解し始めた。

「あんたは安楽死したいのね」

「死ぬなら無痛で死にたいよ」

「あんたは何でもかんでもオブラートに包みたがり過ぎよ。母親のお腹の中みたい」

僕は黙って弐子姉の分解作業の指を見ていた。
木の板からコードが外される。

そして弐子姉は立ち上がった。

「それじゃあまたね、引きこもり。次会う時は安楽死させてあげる」

「弐子姉は僕が死んでもいいの?」

「私はあんたが大好きよ。だから私はあんたの願いを叶えるの」

「片寄った愛情だね」

「過剰な愛情よ」

弐子姉はそう言い切ると、歩き出して行ってしまった。



終わり

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