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□僕は攻撃を受けている
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「追手内・・・・・・。お願いがあるんだけど・・・・・・ちょっといいでしょーか?」
帰りのHRが終わると、そう善良教師マンに呼び止められた。
だが、教師から生徒に対してお願いごとなど、面倒な雑用以外に思いつかない。
「あれ?ちょ、追手内?」
よし。僕は何も見てない。聞いてない。
歩みを止めず、このまま廊下に明るい一歩を踏み出そう。
「師匠!」
「ぐあっ!」
としたが――襟元を後ろから強く引っ張られ、僕はあっけなく教室に引き戻された。
「く、苦しい・・・・・・!!」
努力は僕のギブギブとばたつかせる手には気付かずに、「善良教師マンが呼んでいますよ」と、件の人を指差しにこにこ言う。
「あーもー分かった、分かったってば!」
その台詞でなんとか首絞め状態を解かれた僕は、ごほごほと乱れた呼吸を整え、一呼吸。二呼吸。
「いやー、しかし師匠。教師から頼まれごとをされるなんて、信用されてますね!さすがです!」
「・・・・・・」
嫌がらせではなく、善意でやっているから怒る気も失せる。
「ささ、どうぞどうぞ」
「ったく、お前ってやつは・・・・・・」
嘆息。
逃げ場は無い。ついてないなー。今更だけど。
僕は努力に先導されながら、しぶしぶ善良教師マンの元へ向かった。
「――追手内、杉田」
普通に会話ができる程度に近付くと、善良教師マンはふわりと笑った。
病み上がりの病人が浮かべるような、不安定で儚げな、そんな、微笑。
「・・・・・・で、お願いって何だよ?」
正直、そんなもんを見せられたら嫌な予測しかしないが、聞かないことには話が進まない。
「実は、実はでーすね・・・・・・」
善良教師マンは僕の促しを受けて、おそるおそる口を開いた。
「今日、学校に宿直しなくてはいけなくなったのでーす。だから、怖いので、一緒に学校に泊まってくれないかな〜と、思って・・・・・・」
「・・・・・・」
今言葉を発したら、絶対に内申に響くことを言ってしまいそうだ。
なので僕は、相槌の代わりにじと目を贈ってみた。
「うっ・・・・・・」
善良教師マンは僕の冷ややかな反応に何かを感じ取ってくれたらしく、「だっ、だって仕方ないじゃないでーすか!」と、僕と努力を交互に見、言い訳するように叫び始めた。
「どうして宿直しなくてはいけなくなったと思いまーすか?
幽霊の噂話と怪奇現象の目撃が多発するようになったので、実際に泊まって確かめようって職員会議で決まったんでーす!
でも考えてもみてくださーい!幽霊が出るって噂があるのに、真夜中の学校に一人で泊まるなんて嫌でーす!怖いでーす!
不安でたまらないでーす!でもヒーローがいたら、心強いでーす!」
拝むように両手を合わせ、頭まで下げられた。
そのあまりの必死さに、僕ははっきりと断わるタイミングを掴めない。
「・・・・・・って言われても・・・・・・。僕なんかより、違うヒーローの方がいいんじゃないの?」
自身に問われた答えを曖昧に回避し、それとなく話題がずれるようなことを言ってみる。
卑怯者。
そう。こんな僕なんかより、違う人に頼ればいいんだ。
幸い、うちのクラスにはヒーローがたくさんいるんだし。
しかし、善良教師マンは眼鏡を外し、
「ううっ、勝利マンは怖くて話しかけられないし、友情マンは友達との先約があるっていうし、それで天才マンに言ったら、周りの女子達が『天才マン様が泊まるんなら、私達も泊まる!』ってキャーキャー大騒ぎするし・・・・・・さすがにそんな大勢の生徒を宿直室で預かれないでーす・・・・・・」
と言って、うっすら浮かぶ涙を拭った。
「それにしても、宇宙人がお化けを怖がるなんて、おかしな話ですね」
皮肉に聞こえなくもないが、発言したのは努力なので、裏のないただの感想だろう。
そして続けて、「師匠はどうするんですか?」と、僕の答えを待った。
「どうするって言われてもなあ」
僕は頭を掻き、善良教師マンに頭を下げた。
「ごめんなさ――」
「泊まってくれたら、成績オマケしてあげまーす・・・・・・」
と。
僕と同じ位置に頭を下ろし、そっと、善良教師マンは耳打ちをしてきた。
ほほう。そう来たか。そう来ましたか。
「ふへへ。そういうことは早く言ってくださいよ〜」
「師匠?まりもっこりみたいな目になっていますが?」
「気のせい気のせい!よし努力、お前も来い!」
「はい、喜んで!」
よしよし。これで校内の見回りは善良教師マンと努力にやらせて、僕は寝てればいいや。
「ならば師匠、夜に行う予定だった町内パトロールを先に済ませておこうと思いますので、お先に失礼します」
「おう!じゃあまた夜にな」
颯爽と教室から去っていく努力に手を上げ、僕は善良教師マンに向き直った。
「てか、勝手に努力も呼んだけど、別に良かったんだよな?止めもしなかったし」
「はい。追手内が来るのなら、杉田も自動的に来ると思ってたでーす」
「勝手に決めんなよ。そんなこと解るわけないだろ?」
「頼りないかもだけど、これでも先生だから、分かりまーす」
言って、善良教師マンは僕の頭をぽんぽんと撫でた。
他人の手の平は柔らかくって生暖かくって居心地が悪い。
***
この学校が以前は墓地だったと話すと、善良教師マンは驚いたように口を開いた。
「いや、学校なんてどこもそんなもんだから」
「日本人、恐ろしいでーす!
っていうか、な、なにも今そんなこと言わなくたっていいじゃないでしょーが・・・・・・!!」
時刻は夜中のニ十ニ時。
真っ暗な校門前で、僕と善良教師マンはあてもなく懐中電灯で辺りを照らし、努力の到着を待っていた。
「うー。きっと追手内は学校の怖い話、七不思議を知らないからそんなに余裕でいられるのでーす」
「それなら聞いたよ」
僕は星の少ない夜空を見上げ、何のきなしに呟いた。
「誰がしたでーす?」
「友情」
言って、思い出す。
帰宅後、友情からきた電話のことを。
『やあやあやあ、親愛なるラッキーマン。ゆっくり話をしたいのはやまやまなんだけど、生憎時間がないから手短に話すよ』
『そっちから電話してきたくせに随分な言いようだな。
で、何』
『ふふふ。善良教師マンの宿直に同行することになったんだって?』
『・・・・・・もう知ってるのかよ。・・・・・・そうだよ。友情マンが先約があるって断わるからこっちに話が飛んできたんだ。とばっちりもいいとこだよ面倒臭い』
『それは悪かったね。まあその代わりと言ってはなんだけど、学校で噂されている七不思議を教えてあげようと思ってこうして電話をかけたってわけさ』
『七不思議?同じ学校にいんのに、そんな話聞いたことねーぞ?』
『噂なんて人伝いだからね。関わる相手が多ければ多いほど耳朶に触れる機会も多いんだよ。
君はあまり人に関わろうとしないタイプの人種だし、噂されるようになったのも最近だから、知らなくても無理はないさ』
『ふーん。でもま、興味ないし別にいいよ』
『おいおいおい、何のための宿直だと思ってるんだい?
噂されている噂が本当かどうか確かめるためのお泊まり会なのに、根元の噂を知らないんじゃ意味ないじゃないか。
ラッキーマン、ない時間を無理矢理作って電話をかけている私のお詫びの気持ちをくんでくれるような懐の大きさを見せてくれたまえよ』
『あーもー分かったよ。ほら、ちゃんと聞きゃあいーんだろ、聞きゃあ』
『ふふ、そうこなくっちゃ。
じゃあ七不思議一つ目。さっちゃんの体にできたブラックホールが学校と繋がったことにより、この辺りの磁場が狂って、幽霊が出没するようになった。
・・・・・・まあこれは、怖い話というより、プロローグだよね。
七不思議二つ目、誰もいないはずのプールのシャワー室。なのに、シャワーの音と小さな子供の笑い声が聞こえる。
七不思議三つ目、体育館には終戦を知らない軍人の幽霊が居て、夜な夜な狙撃の練習をしている。見付かると撃たれてしまう。
七不思議四つ目、美術室にある呪いの絵画。
それは青白く光っていて、一組の男女がキスをしている絵が描いてある。
恋人にフラれた美術部の女子生徒が相手を殺し、その血で描いた代物らしい。
七不思議五つ目、校内を徘徊する人魂。
この人魂は、学校の外からも見えるようで、目撃者多数とのこと。
七不思議六つ目、夜中に校庭にいると、アキレス健の切れたじじいが、歩けない代わりにジャンプをしながら近付いてくる。
そしてアキレス健じじいに捕まらず、家まで逃げ切れたらセーフ。逃げ切れなかったら、自分のアキレス健を切られてしまう。
七不思議七つ目、真夜中の学校で、幽霊に気に入られると死の国へ連れていかれる。
気に入られる条件は友達がいないこと。
とまあ、こんな感じ』
『さっちゃんとの後でできた噂か。そりゃ最近なわけだ』
『ラッキーマン、幽霊はいると思うかい?』
『いるよ。だって僕自身が一回幽霊になったから。
でも七不思議の正体が幽霊とは限らないと思うけど』
『それじゃあ質問を変えよう。幽霊は怖いかい?』
『別に。
僕にとって真夜中の学校で怖いものは――幽霊よりも暗闇で転んだり階段から落っこったりする不運だよ』
『それは心強いね』
『どこがだよ』
あーあ。今夜も痛い思いをするのかなあ。
気が重いなあ。
「師匠〜!善良教師マ〜ン!」
回想が途切れ、カンカンと鉄下駄の響く音と、努力の声を聞く。
「遅くなってすみません」
「大丈夫でーす。暗いのでこれ使ってくださーい」
善良教師マンは両方の手に持っていた懐中電灯の一つを努力に渡し、自身の懐中電灯で校舎を照らした。
「それじゃあ見回りを始めたいと思いまーす」
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