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□乾いた血はチョコレート色
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正解はしなくても成功はできる。
***
二月十四日、バレンタインデー。
僕は鞄一つ、努力は鞄とチョコの詰まった紙袋を抱え、家路を歩く。
「・・・・・・くそぉうっ・・・・・・。まだだ、まだ俺のバレンタインは始まったばかりだ!!」
「師匠、どうして先ほどから何度も後ろを振り返えられるのですか?」
「う、うるせー!」
僕は半泣きで叫び、また後ろを振り返った。
しかし、何度振り返ってみても誰もいない。みっちゃんが追い掛けてくる気配も一切ない。
「うう・・・・・・みっちゃん・・・・・・」
今日僕が貰ったチョコレートは、です代の手作りただ一つだけ。
思い出したくも、ましてや数に入れたくもないけれど。
「くやしいことに、です代のチョコって美味いんだよな・・・・・・」
舌の先に、無理矢理食べさせられたチョコの甘さが蘇った気がする。
あー。本当に、何でです代はブスなんだろう・・・・・・。
それさえなきゃ。
それさえなきゃ?
考えれば考えるほど、心臓がしんどい。
僕は気持ちを切り替えるためかぶりを振った。
「――あの、師匠?」
「ん?」
自分の世界に入っていた僕に、おずおずと努力が声をかけてきた。
その頬は何かを訴えるように赤く染まっている。
「今、師匠はチョコレート、チョコレートと呟いていましたよね?」
「・・・・・・」
あまりにも哀れすぎる独り言な上に、自覚無し。
心当たりはあるけれど。
「・・・・・・うん、まあ、努力がそう言うならそうかもね」
一応否定も肯定もせずに答えを濁したが、努力は、
「そこで師匠に相談なのですが――」と、更に語気を強めてきた。
「な、なんだよ」
その真剣な眼差しに、僕も思わず息を飲む。
「・・・・・・どうしたらチョコレートって貰えるのでしょうか」
嫌味かい!
僕は紙袋にぱんぱんに詰まっているチョコレートを指差し言った。
「これは何だこれは!チョコレートだろこんちくしょー!」
「いえ、そうではなくて」
努力は慌てて首を振って、麻理亜さんからのチョコをまだ貰っていないのです。と、寂しげに呟いた。
――ああ。
確かにバレンタインデーに彼女からチョコを貰いたいのは当然だ。しかしそれは逆もしかり。
「麻理亜ちゃんだって努力にチョコ渡したいんじゃねーの?会いに行ってみれば?」
「それが・・・・・・連絡先を知らないので・・・・・・」
「まだ知らなかったのかよ!」
いくらなんでも奥手過ぎるだろ!
「それじゃあ、あっちも努力の連絡先を知らねーの?」
「・・・・・・はい」
これ以上ないほどに肩を落として答える努力に呆れつつ。
「まあ、なんだ」
僕は頭をがりがりと掻いて、ごく当たり前の感想を吐いた。
「それじゃあ麻理亜ちゃんもお前を探してるんじゃね?」
「そっ、そう思いますか!?」
先程とは打って変わって食い付く努力に、僕は軽く頷いた。
「まあ、見つけてもらうより、努力が変身して空から探した方が早いんじゃない?僕も手伝うし」
普段なら他人の手助けなんぞ間違ってもやらないが、恋愛絡みは面白そうなのでそんなことを言ってみる。
「師匠ー!あんたって人はー!!」
「あーあーはいはい」
僕は努力に感涙されながら、頭の中で麻理亜ちゃんの姿を思い出す。
確か、金髪に白い特攻服、バイクは――
あ。
“彼女”という可愛らしい単語ですっかり認識し忘れていたが、麻理亜ちゃんはレディースの総長だった。
「レディースの総長って、バレンタインデーに参戦――いや、参加するもんなのかなー・・・・・・」
考えても考えてみた所で解るはずもない。
解るのはチョコが用意されてなければ努力が落ち込むであろうことだけ。
「なあ努力、やっぱ――」
「師匠!お待たせしました!」
えっ、と見れば、努力は涙を拭いて、その手で筆を握っていた。
「それじゃあ変身しましょうか!」
「ちょっと待ったー!」
「そうそう、ちょっと待ってよ努力――ってあれ?」
合いの手を入れつつ声がした方を振り返ると、約二十メートル後ろに、グレイタイプの宇宙人が立っていた。
そして、
「麻理亜さん!?」
その左腕には、麻理亜ちゃんの肩ががっしりとホールドされていた。
「離せっバッキャロー!」
麻理亜ちゃんはと言えば、自分を拘束している宇宙人の左腕に噛みついたり引っかいたりしてもがいている。
まあ、残念なことにビクともされていないが。
所詮人間。宇宙人との力差はありすぎる。
きっと宇宙人が少しでも力を入れてしまえば――麻理亜ちゃんの首は、いとも簡単に握り潰されてしまうだろう。
唯唯諾諾。
僕にはどうすることもできない。なるようになれだ。
しかし、静観を決め込んだ僕とは反対に、努力は大きな声で怒鳴った。
「おい貴様!麻理亜さんを離せ!人質なんて卑怯だぞ!」
「ハッハッハッ!なんとでも言え!だが一ミリでも動いたら、この女は殺す!」
宇宙人は余裕の表情で、努力の台詞を笑い飛ばした。
「バイクマンのおかげでお前らに勝つ方法が解ったのさ。二人とも、変身させなければいいんだってな。
勝負は始まる前から始まっているのだ!」
「くっ・・・・・・」
努力が苦悶の表情を浮かべて僕を見る。
「師匠どうすればっ・・・・・・!?」
こうなったら、
「あいつの仲間になる、とか?」
「もう!こんな時に冗談はやめてくださいよ!」
マジだったんだが。
「戦力的に、追手内洋一より杉田努力を先に消した方が良さそうだな」
宇宙人は僕らの言い合いを無視し、すっと右手を伸ばした。
「そーそー!こいつ空手四段、柔道三段だし!」
「ちょっ、師匠!?」
すまん、努力。僕はこういう人間なのだ。
努力に向けられた宇宙人の人差し指の先端が光り出す。
「努力、お前のことは忘れないからな!」
「ううっ。麻理亜さんのためならこの命くれてやるっ!」
「そうそうその意気!」
そして、光、もといビームは発射された。
バチンと弾けるような嫌な音がして。灰色の煙が、宇宙人の前に立ちあがった。
「このアマ!ふざけやがって!」
「麻理亜ちゃん・・・・・・!!」
努力にビームは届かなかった。
宇宙人の人差し指を遮るように、麻理亜ちゃんが手の平を壁にしたからだ。
高熱のエネルギー。
無傷で済むはずがない。
「ふ、ふぅああああ・・・・・・!!」
痛みで叫ぶ彼女の手の平は真っ赤で、それが剥き出しになった肉の色なのか、飛び散った血の色なのか――僕の遠目では解らなかった。
「ど、努力――」
そこから先は、あっという間だった。
横にいたはずの努力が視界に映り――努力は既に駆け出していたのだ。
宇宙人の注意が麻理亜ちゃんに向いていたから、とか。
そういう計算や策略とかではなく。
逆上。
「その手を離せええええ!!」
「なっ!?」
宇宙人が前を向くと同時、努力は固く握った拳を、おもいっきり――おもいっきりその顔面に叩き込んだ。
戦いで感情に身を任せるのはあまり誉められた行為ではないんだろうけれど。
けれど。
僕には努力が間違っているとはとても思えなかった。
それから僕は友情マンから貰った宇宙でも使える携帯を鞄から取り出し、修正マンにかけた。
修正マンはすぐに駆け付けてくれるとのこと。
「というわけで、もうしばらくの辛抱だよ」
「へんっ。こんなもん根性焼きに比べたら屁みたいもんさ」
僕の台詞に、努力に抱き起こされている麻理亜ちゃんが舌打ちを返したが、根性焼きで肉はえぐれないと思った。
「もう、何を言っているのですか!」
努力はと言えば、止血をするために柔道着の袖を破りつつ、泣きながら怒っている。
「無茶しないでくださいよ麻理亜さん!あなたに何かあったら、私は・・・・・・私はっ・・・・・・」
麻理亜ちゃんの両手に巻かれた白い柔道着は、すぐに血を吸って赤に変わった。
それを見ながら、麻理亜
ちゃんは言った。
「・・・・・・私が逃げろと言ってもあんたは逃げないでしょ?」
「当たり前です!」
努力は即断言した。
「なら、私も当たり前なんだよ」
***
翌日の帰り道。
僕はアスファルトに残っている乾いた血痕を見下ろしながら、努力に言った。
「残念だったな、チョコレート」
結局あの後、麻理亜ちゃんはチョコを用意していなかったことが判明し、更には「バレンタイン?そんな女々しいことやるかよ」と行事自体を全否定されたのだ。
それでも努力は笑顔を崩さず、いいえと答えた。
「残念ではありません。チョコレートは貰えなくとも、ちゃんと愛されていましたから」
そして、へへへっと無邪気に笑い、「それにしても師匠はすごいですね!」と、急に僕を褒め始めた。
思い当たる伏しは一つもない。
「昨日、師匠が何度も後ろを振り返っていたのは、あの宇宙人の気配を感じていたからだったのですね。私は何にも気付きませんでしたよ」
努力は後ろを振り返りながら、呑気にそんなことを口にした。
終わり
↓使わなかった没文。
お互いがお互いを被い合った結果、相手も自分も死んでしまったら元も子もないが、代わりに愛は残るんじゃないかと。
そんな人生に憧れも、ましてや羨ましいなど決して思わないけれど、そういう人種がいてもいいんじゃないかなと。
僕は素直にそう思った。
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