↑new ↓old

□めくるめく解体
1ページ/3ページ



烏が猫の死体をつっついている光景を今までに見ることはあったが、兎バージョンは初めてであった。

場所は通学路。登校時間ということもあり、数多くの生徒がチラ見をしながら通り過ぎていく。

勿論。

私もその中の一人だった。兎の死骸になど興味はない。

「ガル・・・・・・」

が――私の横を歩く一匹狼マンは足を止めた。

私は一匹狼マンの良き友でありたいとは思わないが、良き友であるとは思わせておきたい。
なので、一緒に登校している“良き友”として、私も彼に合わせて足を止めざるを得なかった。

「一匹狼マン」

「・・・・・・可哀想にガル」

一匹狼マンの顔の半分は真っ黒い髪の毛で覆われているが、その悲しげな表情は隠しきれていない。

私は、再び死んでいる兎に目を戻す。
と、いつの間にやら善良教師マンがやってきていた。

「なんで私がこんなことを・・・・・・。ううっ」

善良教師マンは散らかっている兎の内臓を袋にかき集めていた。
まあ、気持ちのよい仕事でないことは確かだ。きっと他の教師に押し付けられたのだろう。
善良とつけ込まれる気の弱さは別物だと思うが、この地球に限っては同一に扱われるらしい。お疲れ様。

「本当、可哀想だね」

せっかく食べていたのに片付けられちゃって。

までは言わず、私は一匹狼マンに同調しているように頷いてみせた。

飛び立った烏は電線に止まり、様子を窺っている。

「――でも、めずらしいこともあるもんだね」

私は空を仰ぐのを止め、一匹狼マンの顔を覗き込んだ。

一匹狼マンは「ガル?」と首を傾げ、私は笑って言う。

「だってさ、いつも私に合わせて動いているのに、今、自分から足を止めたでしょ?」

「・・・・・・ガル」

まるで助けを求めるような目。
それでも私は微笑みを崩さず、一匹狼マンの台詞を待った。

「・・・・・・悪かったガル」

それでよし。

「別に責めてないよ。ただ――いつもと違う行動を取っちゃうぐらい気になることだったの?兎」

「動物は好きガル」

動物は――か。
人間・宇宙人嫌いは健在なようで。
結構結構。

「にしても、善良教師マンが片付けるってことはうちの学校の兎だったんだね」

私は歩き出しながら言った。一匹狼マンも私に歩幅を合わせて歩き出し、「きっと脱走して、車にひかれたガル」とため息をついた。

「だね」

言って、私の携帯が鳴った。
送られてきたメールを読み、そのまま学校の知人達のブログやツイッターにも飛んでみる。

「どうしたガル?」

「学校の兎、全滅だってさ」

ぎょっとする一匹狼マン。私は歩く速度を速めた。

「職員会議に出席してあげなくっちゃね」


***


「最後に学校を出たのは、細川先生で間違いないんですね?」

「はい・・・・・・」

質問をしたのは教頭先生。気弱そうに答えたのは現国の細川先生。

まあ、盗聴器なので表情までは把握できないが、細川先生の声からするに、かなり困窮しているようだった。

――そんなわけで、そんな風に。

私と一匹狼マンは職員室の壁を一枚隔てた校舎の外側で、盗聴にいそしんでいた。
一匹狼マンは慣れないイヤホンに苦戦している。

そして、「しかし、友情マンはいつ盗聴器を仕掛けたガル?」と訊いてきた。
その口調に非難の色はなく、ただの単なる疑問のようで。
私は肩をすくめて答えた。

「この中学校に通うと決めた日からだよ」

「そんな前からガルか」

「ちなみに一匹狼マンにも仕掛けてあるよ」

「ガルッ!?」

「嘘だよ」

私は声を出さずに笑って、またイヤホンに耳を傾けた。
今度は教頭のターン。

「みなさんご存じの通り、今朝、学校周辺で我が校の兎、十頭全てが車にひかれているのが発見されました。
学校に一番初めに登校したのはバスケ部の女子数名で、彼女達が言うにはその時すでに通学路では兎が死んでおり、門の鍵と飼育小屋の鍵は外れていたと言っております。
・・・・・・私はこの知らせを受けた時、てっきり兎が脱走し、そして車にひかれて死んだのだと思いました。なので、善良教師マンに死骸の片づけをお願いしました」

「えっ?あ、はい!」

突然名前を呼ばれた善良教師マンがあたふたと答える。

「どの死骸も車道でぺしゃんこ、進路方向には血痕のついたタイヤ跡もありましたし、多分、車にひかれて死んだんじゃないかと・・・・・・。
むしろそう思って片づけていたので、兎に人為的な外傷があるかないかまでは調べませんでした。今から調べようにも、すでに兎は保健所に持っていってもらってますし・・・・・・」

「ちょっと待ってください!人為的に殺されたかもしれないんですか?」

と、叫んだのは坪井先生。担当は歴史の、新任教師だ。

「それは細川先生の話を聞いてから説明します」

教頭がそこで言葉を切ると、「あ、はい」と細川先生は思い出すように、一言一言昨日のことを語りだした。

「あの、昨日は八時ごろに校舎を出て、裏門を閉じて、そこから駐車場に向かう途中で飼育小屋の前を通りましたが、その時はまだ兎はいました。
ただ、その時鍵が外れていたかどうかまでは解りませんが・・・・・・。
それから車で正門を出て、車から降りて、門の鍵をかけて、それから帰りました」

ちなみに、門の鍵も飼育小屋の鍵も簡単なナンバー式のチェーンロックで、番号は学校の関係者なら誰でも知っている。一応年に一回は換えているらしいけど。

そして門の上と学校を取り囲むフェンスの上には反しと有刺鉄線が付属されている。双方とも高さも結構あるので、普通に登るのは不可能と言って良い。

「坪井先生」

この声は数学の辻先生。

「兎が自分で門の鍵を開けられますか?
・・・・・・深夜に部外者が侵入し、兎を外に放置したんですよ。早く警察に連絡すべきです」

最後の方は坪井先生にではなく教頭に対して言ったのだろう。
だが、

「犯人が部外者ではなかったら?
校長。だから、警察に届けるのを保留にしているんですよね?」

返事を返したのは結婚を間近に控えている下崎先生だった。
下崎先生は担当が生物ということもあり、飼育委員会の顧問でもある。
うーん。もしも死体を片づける役目が彼女であったならば、何かに気付けたかもしれないと思うと少し残念だ。

そして、下崎先生が発言した“犯人が部外者ではなかったら”。

きっとそれは、どの先生も考えていたであろう可能性。

「・・・・・・まあ、うちの生徒がいたずらで兎を外に出し、それを運悪く車がひいたとも考えられますからねえ・・・・・・。
もしもそうなら、事を大袈裟にする必要もないし、したくもないのが正直なところです」

子供達にとっても。
学校側にとっても。

苦々しく言う校長の言葉に、下崎先生は続ける。

「兎を外に出した犯人がうちの生徒であれば、それは言い換えれば内輪の出来事、子供のいたずらとして済ませられるということです。わざわざ警察に連絡をし、世間に公表する必要はありません」

「それは兎の死因が車にひかれたことが前提の話で、頭のおかしな奴が、事故死に見せかけるために兎の死体を車が通る場所に置いていったのかもしれないだろ?
それも、そうした行動をしたのが最悪、下崎先生の言う通り“うちの生徒”の可能性だって否定できない」

辻先生は苛立ちからか言葉使いが素になっていたが、反対に下崎先生は淡々としていた。

「なら、尚更警察には連絡したくないですね。
門と飼育小屋の鍵の番号のことを考えれば、犯人は生徒、卒業生、またはそれらの家族の可能性が高いです。
――辻先生は、うちの学校から犯罪者を出したいのですか?」

「あの、下崎先生」

そこへ坪井先生が口を挟んだ。

「もしも今回の犯人が何らかの形で鍵の番号を調べた変質者で、その人が次に生徒たちに危害を加えるようなことがあったら・・・・・・。今回通報しなかったことが、それこそ問題になるんじゃないでしょうか・・・・・・?」

「確かに犯人が部外者の可能性はゼロではありません。そうであれば警察に連絡すべきです」

「犯人が学校の関係者か部外者か、どうやって判断するんです?」

おそるおそる、坪井先生が尋ね、しばしの間。

そして唐突に、「“昼休みまでに兎を外に逃がした犯人が名乗ならかったら、警察に連絡する”と、生徒たちに言ってみるのはどうでしょうか」と。
下崎先生は提案した。

職員室がざわめくが下崎先生は構わず続ける。

「名乗りを上げたら警察への通報はなし。誰も言ってこなかったら警察へ通報。と言えば、もし犯人が生徒だった場合、警察沙汰にしたくなくて名乗ってくれるかもしれません」

「でも・・・・・・犯人が生徒であったとしても、ばれたくなくて黙っているんじゃないでしょうか?」

細川先生が嘆息を吐きつつ言った。

「そうしたらもうしょうがありません。他に案があればどうぞ?」

その台詞を最後に、下崎先生は口を閉じた。
下崎先生だけでなく、誰も何も言わない。
不用意な発言が後の責任問題に繋がるかもしれないんじゃ、下崎先生に乗っかった方が楽だろう。
さっきから何かと下崎先生につっかかていた辻先生も、提案された案に警察への通報が含まれているせいか黙ったままだった。

「――それじゃあ決まりですね」

校長が沈黙を破った。

「先生方は朝のホームルームで、兎を殺したかどうかは話に出さずあくまで、誰かが外に出した兎が偶然車にひかれたということで、今の下崎先生の話を生徒達にしてください。
そしてその結果を踏まえて、昼休みにまた職員会議を開きたいと思います。
あと、一応変質者の侵入の可能性もあるので、授業のないコマの間は、正門、裏門、校内など各自振りあって警備にあたってもらいたいと思います。
みなさん、よろしくお願いします」

さてと。

「昼休みまでに犯人か、何らかのタレコミが出てくるかなあ?」

私はイヤホンを外しながら一匹狼マンに話しかけた。

「さあガル。そもそも何で昼休みなんて中途半端な期限にしたガル?今日一日待てばいいのにガル」

「生徒が家に帰って親にこの話をする前に、この事件の方針を決めて保護者への対応を練ないといけないからね」

先生達も大変だ。

「それじゃあ教室に戻ろっか」

「ガル」

一匹狼マンは頷くと、また口を開いた。

「友情マンは犯人を捕まえる気ガル?」

「いや。ないよ」

この言葉に嘘はなかった。


***


私達が教室に入ると、根拠のない噂が蔓延していた。
兎には百をも越える刺し傷があっただの、掲示板に犯行予告が書き込まれていただの。

「そういや飼育小屋と言えばねー」

私の席の後ろでも、みっちゃん達女の子グループが仲良く話に花を咲かせていた。

「昨日飼育委員会中に、下崎先生が婚約指輪をなくしたんだって。
で、飼育委員会だけでなく、通りすがりの生徒や先生達も手伝っていろいろ探したらしいんだけど、結局見付からなかったって」

「うわー。婚約指輪って、先生かわいそー」

「それがさー、下崎先生、飼育小屋の中も這って探したらしいよ?兎のふんだらけなのに。
でね、それを見てた人が言うには、可哀想っていうより、なんか怖かったってさ。取り乱し方が」

ちょっと意外だ。
朝の会議では冷静そうなイメージだったのに。

「ふーん。あ、ねえ。もしもみっちゃんなら、ラッキーマンとの婚約指輪をなくしたらどうする?」

「ぺあぺあ〜!私も必死で探すな〜、きっと」

「はい!みなさん席についてください」

みっちゃんがジェスチャー付きで言ったあと、善良教師マンが教室に入ってきた。みんな、善良教師マンの説明が待ち遠しいのか、教室の喧騒が一気に収束する。

そして、そんなみんなの顔を悲しげに見渡したあと、善良教師マンは黒板の前に静かに立った。

.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ