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□ワンダーラスト
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「どうして杉田くんって追手内くんのことを師匠って呼ぶの?」
疑問と言うより間違いを指摘しているような言い方で、それでいてさしたる興味もなさそうに、休み時間、たわいもない会話を繰り広げている僕と努力に、そう、みっちゃんは訊いてきた。
「みみみみっちゃん!」
僕は大好きなみっちゃんに声をかけられたことで胸がいっぱいになり、「それは実はね――」と、話題の内容を咀嚼せずに声を弾ませる。
だが――
「えーと、それは、実は・・・・・・ね、」
すぐに言葉は詰まってしまう。
――現実は、厳しい。
まさかラッキーマンと努力マンにおいての経緯を話すわけにもいかないし、僕は上手い言い訳を考えようと、必死に頭をフル活動させる、そんな中。
「そりゃ師匠が私の師匠だから、師匠と呼ぶのです」
あろうことか僕より先に努力が口を開いた。
勿論そんな犬は犬だから犬なんですレベルの答えにみっちゃんが納得するはずもなく、「師匠ねえ・・・・・・」と、いぶかしむように訊き返す。
「杉田くんより追手内くんの方が優れている所なんてないと思うけど。
死んだ魚のような目をしているどころか、死んだ魚より役に立たない男じゃない」
大好きな女の子に死んだ魚よりも役に立たないと断言された僕は、もう泣くしかない。
しかし努力はそんな僕を援護するかの如く、「そんなことはありません!師匠は素晴らしいお方です!」と、声を張り上げ言う。
「いいですか?師匠は何よりも強くて、誰よりも頭も良くて、全てのものに優しくて、それでいて自分の力に溺れることもなく、おごれることもなく、日々の鍛練を怠ることなく、それらを得意気に語ることなく、謙虚で、誠実で、常に地球の平和を考えていて――」
それはどこの追手内洋一くんですか。少なくとも僕ではない。
「・・・・・・追手内くん、最低」
「え!?み、みっちゃん?」
努力の果てしない僕ageに気を取られていた僕は、最低発言を受けて、慌ててみっちゃんに視線を戻す。
その表情は、なんとも言えないものだった。
「いや、あの、みっちゃん?」
返事はない。そして哀れむように努力を見、次に僕を睨んだ。
「追手内くん、あることないこと杉田くんに吹き込んで洗脳するなんて・・・・・・酷い・・・・・・!!」
「ちょ、洗脳なんてしてないって!」
なんという誤解だ!
しかしみっちゃんは僕の言葉に耳をかさず、小走りに去って行ってしまった。
「うわ〜ついてね〜!!」
「師匠、私、何かまずいことを言ってしまったのでしょうか・・・・・・?」
努力が僕を覗き込む。大きな瞳の燃える火が、心なしか弱めだ。
「そんな捨てられた犬みたいな目で見んなよ」
なんだか天の神様に度量を試されているような気になってくる。
僕はため息をしつつ、一つ提案をしてみた。
「なあ努力、人間の時は、洋一って呼んでよ」
「えええ!?」
「そんなに驚くことじゃないだろ」
僕は頬杖をつきながら、目線だけをクラスに向けた。
「みんな洋一って呼んでる中、努力だけ僕のこと師匠って呼ぶのは変に目立つし不自然過ぎ」
「そうですか・・・・・・。分かりました」
努力は眉をよせ、神妙に頷いた。
「そ、それじゃあ・・・・・・洋一、さん」
新妻か!
「普通、男子中学生は友達の下の名前にさんを付けたりしねえっての!」
僕は机をはたいて突っ込んだが、努力も負けじに、「しかし師匠を呼び捨てにはできません」と言い返す。
「不自然じゃない呼び方しろって言ってんのに、それじゃ意味ねーだろ!洋一って呼ぶだけだろ?簡単じゃねーか」
「どうしても、名前で呼ばなきゃだめですか?」
どうしても?
「じゃあ逆に訊くけど、どうしても名前で呼びたくねえの?」
「名前で呼びたくないわけではありません」
ただの私のわがままですと、努力は拳を握った。
「皆さんとは違う呼び方だと、自分と師匠が他とは違う特別な絆で繋がっているような気がして――師匠のことを師匠って呼ぶの、好きだったんです」
「・・・・・・なんでそういうことをさらりと言えるんだよ、お前は」
今の僕の顔は、絶対努力に見られたくない。
僕は無言でそっぽを向いて、努力のいる側で頬杖をつき直す。
「師匠?えと、じゃなくて洋、一・・・・・・」
「師匠でいいよ」
僕はぶっきらぼうに負けを言い渡した。
「い、いいんですか?」
戸惑い気味の努力の声。
それでも僕は振り返らずに会話を続ける。
「嫌なのか?」
「とんでもないです!」
今、努力がどんな顔をしているのか。
見なくても想像できる。
僕はできる限り、吐き捨てるように宣告した。
「そのかわりずぅーと師匠って呼べよ?あとからやっぱ名前で呼びたいなんて言っても知らないからな」
「はい!」
努力の声が、嬉しそうに教室に響く。
「師匠はずぅーと私の師匠です」
終わり
あとがき。
天然+ツンギレのコンビ萌え。