久保時・最遊記小説

□脳内メモライズ
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彼がどういった人間か――

それを一言で表す言葉を俺は知らない。

かと言って自由に使える言葉を自由に並べ揃えたとしても、それは表面だけ飾り立てたに過ぎず、彼の本質に辿りついているとは到底言えないだろう。

――久保田誠人。

彼のことをそんな風に思ってしまうのは――それは知り得て間もない故の判断材料の少なさからくるものではない。

たとえ付き合いが長かったとしても、たとえこれから先付き合いが続いたとしても――俺には一生彼の心の底は見えなかっただろうし、彼の心の裏側も読めなかったと思う。

でも、それは当たり前と言えば、当たり前の話かもしれない。

そもそも俺は、彼の心がどこにあるのかさえ、解ってはいなかったのだから。


***


「久保田さん、ここ」

はた、と気付き、俺は久保田さんのワイシャツの胸に指を差す。

久保田さんは「んー?」と頷くように首を下げ、そこに付いている数滴の赤い斑点を見つけると「ああ」と、呑気な声を上げた。

「さっきね、スパゲッティ食べたの。きっとそれだろうね」

「・・・・・・だろうねって、んな人事みたいに・・・・・・」

そう言って苦笑する俺に、久保田さんは草食動物のような微笑みを返した。

その気の抜けるような笑顔は世の女性の(中には男もいるが)母性本能をくすぐるらしく、久保田さんは結構モテたりする。

それはさておき。

「・・・・・・全くもう、子供じゃないんですから・・・・・・。それにまだ年寄りでもないんですから、パスタって言いましょうよ・・・・・・」

「ほーい」

呆れて言う俺に、久保田さんは適当な返事を返し、もそもそとゲームを並べる。

・・・・・・俺の話、絶対聞き流されてるな。

まあ――たとえ聞いていたとしても、聞き入れてもらえなければ意味がないのだが、実際久保田さんがパスタと呼ぼうがスパゲッティと呼ぼうが人生においてさほど重要なことではないだろう。

なので、俺はそれ以上言及せずに、布巾を取るため台所へと足を向けた。


***


「えーと、布巾布巾っと」

誰に言うわけでもなく独り呟き、布巾片手に蛇口を捻る。
事務所は水の流れる音以外、何も聞こえなくなった。

――今現在、事務所には俺と久保田さん以外誰もいない。

「・・・・・・二人っきり、か」

それはさして珍しいことではない。ましてや問題があるわけでもない。

世話係の俺が久保田さんと二人っきりになることは、よくあることだ。


しかし、俺は思い出す――以前、事務所で久保田さんに膝枕をしたことを。

「あー、思い出すとかなりこっぱずかしいな・・・・・・」

頬が少し熱い。
顔が赤くなってなきゃいいが。

俺はキンキンに冷えた手で頬をさすり、意識を現在へと切り替える。

「・・・・・・しっかし冷てーなー。真田さん、湯沸かし機買ってくんねーかなー」

無理かなー。
変な所でケチ臭いからなあ、あの人。
いつか自腹で買うしかねーか。

そんな所帯地味たことを思いながら布巾を絞り、居間に戻る。
と、そこには久保田さんがあぐらをかいて軽く猫背で――あれ?ここってヤクザの事務所じゃなかったけ?と思わせるような具合でゲームを始めていた。

・・・・・・こんな所をもしも他の組に見られたりでもしたら、示しがつかないんだろうな。

けど、俺は正直久保田さんのゲームをしている姿は結構好きだ。
人間らしいところもあるんだな、って、思えるから。


「――久保田さん、どうぞ」

俺は久保田さんの横で中腰になり、布巾を差し出した。

「んー。でも今手が離せないから」

久保田さんは表情を変えることなく横目で布巾をチラッと見ると、またすぐに目を戻した。

「でも乾かないうちに取らないと、跡が残っちゃわないッスか?」

「じゃあ小宮が拭いてよ」

画面に目を向けたままさらりとそんなことを言う久保田さん。

「いや、でもゲームの邪魔に・・・・・・」

本当はゲーム以上に青年男子としてそれはどうなんだと言いたかったが、久保田さんには『こういうところ』があることを俺は承知していた。

それは甘えでもわがままでもなく。
単なる思いつきで物を言う子供のような。

子供――

思って俺は久保田さんを見る。

人の食べかけのアイスを味見したり、人の頬の傷を愛撫するよう撫でたり、人の膝に急に寝転んでくるような――そんな受動的で無頓着、それゆえ無自覚に誘惑式な危なかっしい子供。

・・・・・・危ない、だって?

危ないのは捕えられた大人の方だ。


「――ほら」

と。久保田さんはリモコンを持ったままの両手を顔まで上げる。
無防備に晒された、第二ボタンまで開けられたワイシャツの胸元。

「・・・・・・あの、それじゃあ失礼します・・・・・・」

断らない俺もどうかしてる。

言って俺は正座し、おそるおそる指先を伸ばす。

おぼつかない指先が我ながら情けない。

それでも必死で第三ボタンを開け、そこから左手を侵入させ、赤い斑点の裏側に手の平をそえる。

一応久保田さんの素肌に手の甲が当たらないよう気を付けてはいるが、じんわりと手の甲に温かさを感じ、それに伴い、俺の心拍数が容赦なく波打つ。

どうかバレませんように。

それでも平静を装いながら、右手で濡れた布巾を持って赤い斑点を叩く。

久保田さんの体に振動が響かないよう、ゆっくり、押し付けるように丁寧に――

「小宮ならいつでもお嫁さんに行けるね」

突然、頭上からわけの分からない言葉が降ってきた。

「――なっ、何言ってんですか!俺は男ですよ!?ゴホッゴホッ」

急に怒鳴った俺はふがいなくむせた。

「大丈夫?」

久保田さんはそんな言葉と共によいしょと、背中に片腕を置いた。

「うわっ!?」

って言うか、言動と行動一致してねえし!

「うん。やっぱこの方が楽」

久保田さんは画面に顔を向けたままにっこりと笑った。

俺はその笑顔を見ると何も言えなくなり、久保田さんの両手とリモコンでできた丸い輪っかにおとなしくくぐられた。

ただ心配なのは、俺の背中に置かれている片腕。
そこから俺の尋常ではない高速の心音が伝わらないかが、心配で堪らない。

俺はチラリと上目で久保田さんを窺う。

久保田さんはいつもと変わらず開いているかいないか解らぬ細目で、淡々とゲームを続行している。

・・・・・・良かった・・・・・・。

俺はほっとしながら染み取りを再開しようと、顔を下げた。

赤い染みは先程よりジワリと滲み、薄くなっている。

――と、鼻先に煙草の臭いに混じり、鉄の臭いが軽く触れる。

あれ?

「久保田さん・・・・・・。これ、本当にミートソースっスか?」

「ん?違った?」

言って久保田さんはしばらく黙り、「・・・・・・・・・あ」と、思い出したような声をあげた。

「久保田さん?」

「ミートじゃなくて、返り血かもしれない」

「ちょ、返り血って喧嘩でもしてきたんすか!?久保田さんは大丈夫なんですか!?」

俺は思わず立ち上がってしまい、そのため勢いで背中の上のリモコンと久保田さんの腕の輪っかを切ってしまった。

「あ」

俺と久保田さんの声が重なり、間発入れずにマリオがノコノコと接触した。

「あーあ」

ゲームオーバー、言って久保田さんは笑った。

「あ、すっすみません。つい・・・・・・」

「また初めっからやるから、別にいいよ」

柔和そうに笑う久保田さん。

「あの、久保田さん・・・・・・」

俺はその笑顔に連られ、聞きたいことを訊いてみた。

「何が、あったんですか?」

「んー。いろいろ」

説明する気はないようだ。

きっと久保田さんにとってどうでも良い出来事だったのだろう。

だから。

だから忘れられたのか?
スパゲッティを食ったことなんかよりも早くに?

「・・・・・・・・・」

俺は誰の血か解らない赤い染みを見て思う。

・・・・・・やっぱり俺には久保田さんがよく解らない。

でも――

「小宮」

「はい?」

「ありがとね、綺麗になった」

そう言って久保田さんは、珍しく目を開けて笑った。

その笑顔は、この人の心の中に少しでも自分を置いていきたくなるような、そんな、笑顔で。

でも、俺はこの人の心の在りかを知らない。
だから、何も置いてはいけない。


いつか、俺のことも忘れちゃうのかな。


俺は小さく呟いた。

どうか、忘れないで。


***


その数日後、事務所に湯沸かし機が届いた。

久保田さんが真田さんに頼んでくれたらしい。

「やっぱり久保田さんも水に嫌気がさしてたんスね」

俺が笑って言うと「ん」と、久保田さんは短く返事をし「ちゃんと話を聞いてる証拠」と、シニカルに笑った。



終わり


↓四季様へ

この度はリクエスト企画に参加してくださりありがとうございましたm(_ _)m

四季様には以前よりお世話になっており、勝手に女神様じゃー女神様じゃーと崇め祭っております(恐いよっ)

人間不信の久保田→←←小宮とのリクエストだったのに、久保田が普通な話になってしまいました(ひー)
書き終わってから気付いたアホです・・・orz
そして久保田を主人公にすれば良かったのか!と今頃気付いたので、いつかリベンジしたいと思いますっ(;ω;)

四季様のおかげで久しぶりにWA小説が書けて、自分の中でまたWA熱が上がりました(*^ω^*)
なので、リクエストをしてくださり、どうもありがとうございましたm(_ _)m
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