その他版権小説

□僕の妹がこんなに病んでるわけがない
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世界中が少し、おかしくなっていたのだと思う。

カルトや宗教が爆発的に横行し、連日連夜のノストラダムスの特集番組。

まさか、から、もしかしたら。

だんだん五感が洗脳され、世界の終わりに自分から歩み寄って行くずれ。

もしかしたら、から、もしも。


『私はお兄様が好き。異性として、愛してる』


私は世紀末の熱に浮かされ、お兄様に告白をした。

一九九九年七月に人類は滅びるかもしれない。
それは、言い替えれば明日交通事故で死ぬかもしれないということ。

私は、自分が死ぬということを考えると、我慢出来なくなったのだ。

このまま死んだら後悔する。

たとえ予言が外れたって、この胸の秘密を公言したことを後悔しない。

そう思った。


『私はお兄様が好き。異性として、愛してる』


お兄様は私の愛を受け入れてくれた。

幸せだった。

幸せだった。


世界が終わりに向かって加速していく中、私達は恋に落ち、きちんと幸せだったはずだ。

そして、お兄様は言った。

僕達の関係がバレたら、離れ離れにされてしまう。
だから絶対誰にも言ってはいけないよ。

私もお兄様と同意見だった。


やがて、生理が来なくなった。
赤ちゃんだ。

私の中で、赤ちゃんが出来たのだ。

私は喜びに打ち震えた。
こんなにも幸せで良いものだろうか。

私はお兄様に直ぐに様報告をした。


お兄様は一瞬驚いたそぶりを見せたが、たちまち笑顔になった。
しかし、私のお腹をさすり、悲しそうな声で言った。

『でも、このままじゃ産めないよ』

産みたい。

絶対産む。

『父さんと母さんにはまだ何も言ってないよな?』

知らない男にレイプされてできた子だと説明しようと思っていることを伝えると、お兄様に止められた。

そんなことをしたら、絶対おろされるって。

でも他にどうやって両親に説明すれば良いのか解らない。

産むためなら私とお兄様の関係が暴露しても構わない。

どんな手を使ってでも産む。

私は必死にお兄様に言った。

どうしたらいいの?

お兄様は腕を組み、少し考えた後、こう言ってくれた。

『一緒に住もう、咲耶』

産んでしまえば、両親ももうどうすることもできないだろうと。

僕達のことはその時に両親に話そうと。

だから今は、両親には関係も妊娠も内緒で、僕の家に隠れるんだと。

お兄様は私と赤ちゃんを守ってくれる。

私はお兄様の言うことに従うことにした。


***


洋服やアクセサリーなど、複数のリサイクルショップで少しずつ売ってお金にする。

たいした金額にはならないけれど、これからの生活費の足しになればと思う。


そして今日。
私は書き置きを残し、家を出た。
手荷物はいつもの鞄に衣類を少々、あとは何もない。それでも心は晴れ晴れとしている。
これから最愛のお兄様と同棲できるのだから。

私は緩む頬をひたすらに隠し、待ち合わせ場所に向かって進んで行く。


日曜日とあって、街にはたくさんの人がいたが、裏山の奥には私以外誰もいなかった。
だからこその待ち合わせ場所なのだけれど。

私は辺りを確認した後、木の根に座り、空を見上げた。

お兄様が迎えに来るのは夜なので、まだまだ時間がかかりそうだ。


***


お兄様のことを考えていたら、あっという間に夜になった。

月明かりだけが頼りの薄暗い裏山。

もうそろそろかな。

そう思った矢先、ザクザクと落ち葉や枯れ木を踏み潰す音が聞こえ、

『咲耶、お待たせ』

私は飛び起き、その胸に飛び込んだ。

お兄様の声。そして体温。それは私にやわらかな安堵をもたらしてくれる。

お兄様、愛してる。

『僕を愛してる?』

ええ。

『僕のためなら何でもできる?』

ええ。

『じゃあ、僕を愛すな』

え?

私が顔を上げるより先に、お腹に熱い物が押し当てられた。

え?

お兄様が私の体を突き放す。

え?

私はよろけ、地面に横たわる。

え?

力を入れようにも激しい痛みがお腹を襲い、上手く動けない。

え?

ふいに腕を掴まれ、背中に摩擦を感じる。
どうやら引きずられているよう。


お兄様、どこに行くの?


そこで、私の意識は途絶えた。


***


僕は用意してあった穴とシャベルで咲耶とナイフを埋め、自宅に戻った。

後は冒頭の通り、実家に戻って、両親に会って、僕と咲耶の関係に気付いていないかを確かめて。

でも念のためパソコンを調べておいて良かった。咲耶の奴、日記なんて書いていやがった。即刻削除。

そして実家に用もなくなったので、僕は本日二度目となる帰宅中。

赤ん坊の夜泣きがうるさい住宅街。
疲れているってのにうんざりだ。

僕はさっさと家に入ろうと、鞄から鍵を取り出そうと――


「うぁああああぁぁああっ!!」

獣が猛り立って叫ぶ、胸を締め付けるような声が、すぐ背後から聞こえた。

僕は何事かと急いで振り返ろうとしたが、先にドンっという衝撃を体に食らい、そのままドアにぶつかってしまった。

「あぁぁああああっっ!!!」

僕に体当たりしたそれは、なおも咆哮し続けながら、ぐいぐいと体を押し付けてくる。

「咲耶・・・・・・?」

返事の代わりに泥にまみれた金髪から、二つの目がギョロリと僕を捕えた。

「くそっ」

生きてたのかよ!

僕は足で咲耶を蹴り飛ばし、体から引きはがした。
距離ができ、やっと咲耶の全体像を把握する。

「はあああぁぁ、はあああぁぁ」

呼吸音がすでに化け物じみている僕の妹。

その右手には一緒に埋めたナイフ、左手ではそのナイフで僕が刺した傷を押さえている。

どうやら先程の攻撃は体当たりではなく突き刺しだったようだ。
しかし僕に痛みがないことを考えると、運良く刃は鞄に刺さったらしい。

「あぁああああぁぁああ!!!」

咲耶はナイフをぶんぶん振り回しながら、またもや特攻してきた。

逃げなくては。
逃げなくては。

反撃なんて考える暇もなければ隙もない。

「あれ?」

体が動かない。

嘘だろ?

腰が抜けてる。

「ああああぁぁぁっっ!!!」

咲耶ではなく、僕が叫んだ。それも無意識に。

一気に動悸が激しくなり、足が有り得ないほどガクガク揺れる。

嫌だ嫌だ嫌だ。

目がしらが熱くなる。

僕は無我夢中で手を地面に滑らせ何かないか探す。

指先にコツン。
何かが当たった。

花穂の置いていた植木鉢
だ。
確かプラスチック製だったが、土が入っているので結構な重量になるはず。

僕は一か八かそれを持ち上げ、叫んだ。

「ああああぁぁぁっっ!!!」

咲耶の目とナイフが爛々と輝き、僕の眼前に迫る。

「ああああぁぁぁっっ!!!」

僕の叫び声と咲耶の叫び声が混ざり合い、腹の底から叫び合う。

僕は、おもいっきり咲耶の顔面に植木鉢を叩き込んだ。

死ね!死ね!死ね!

倒れた咲耶の馬乗りになり、何度も何度も振り下ろす。

何度も何度も顔の砕ける音が弾け飛ぶ。

ゴシャッ!ゴシャッ!

一方的な展開。

それでも僕は腕を止められない。

止めたら咲耶が起き上がってきそうで、止められない。

僕は一心不乱に咲耶を潰す。
すでに死んでいる咲耶を殺す。

僕は僕は僕は。

「もう死んでるよ」

僕の腕を止めたのは、近所の人が通報した警官だった。


***


幽霊の話をしよう。

現行犯で捕まった僕は、あれ以来赤ん坊の泣き声がずっとずっと聞こえている。それは日増しに大きく大きくなっていく。

「×××君。この間話してもらったことなんだけどね」

取り調べの刑事が僕に言う。赤ん坊の泣き声が煩くて聞き取りにくい。

「解剖の結果、咲耶ちゃんは妊娠してないと解ったんだ」

は?

「生理が来なかったのは、不順か想像妊娠か虚言か、どれかは解らないけど――」

「子供がいない!?そんなわけっ、そんなわけないだろっ!?」

だって、なら、どうして。

「僕の頭の中の赤ん坊の泣き声がやまねーんだよおおぉぉっ!!!!」

赤ん坊が耳元で泣き叫ぶ。

煩くて煩くて、自分の声すらも聞こえなくなる。

「赤ん坊の泣き声が聞こえるのは、君の心がそうさせているんだよ。良心が責めているんだよ」

そんなわけない。
妹を犯すことも人を殺すことも、僕は平気だ。
平気なはずなんだ。
僕は、そういう人間なんだ。

「君は平気じゃないし、そういう人間でもないんだよ。
それが君の、現実だ」

何だよそれ。
僕は弱いのか。

「弱い?いや、普通の域からはみ出ない、極々平凡な一般人さ」

僕の世界が点に向かって収束を始めた。

ものすごく高速なのに、なぜかゆっくりな気もする。

認めるよ。
諦めるよ。

僕の頭の中の僕は理想の僕でしかないはずなのに、いつの間にかそれが本来の僕であると過信してしまっていた。

僕はこんなにもどうしようもないほど、普通の人間だったのに。

僕の世界が点に向かって終息を終えた。


サヨナラ、ノストラダムス。



終わり
→次の妹の話
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